「簪って言うんだよ」
「かんざし、ですか?」
幾重にも重なるガラス細工がリーザの指の動きに合わせてしゃらんと音を奏でる。
とっても綺麗、なんてうっとりと呟かれるものだから、
リーザにあげようか、なんて言葉がするりと口から零れてしまった。
アークの言葉にリーザは驚いたように彼の顔を見て、勢いよく首を横に振り始める。
「わ!私そんなつもりじゃ……!お返しします!」
「いいよいいよ、懐かしいなあと思って買っちゃっただけだし。
大体俺が持ってても仕方ないから貰ってくれるとありがたいんだけど」
「そんな……」
「リーザに似合うと思うし、それに、エルクだって喜ぶんじゃないかな」
何気なく出した「エルク」の一言に、リーザは途端に顔を赤くさせて、
恥ずかしそうに簪を握りしめ俯いてしまった。
まさかこんなに過剰に反応されるとは。
予想以上の反応に、用意していた「冗談だよ」なんて一言を喉奥に押し込める。
その代わりに、懇切明るい声色で、
別に深い意味はないんだけど貰ってくれない?と再度声をかけてみた。
彼女はその声にちらりと顔を上げて、そしたまた首を横に振る。
「で、でもこんな可愛いの、私には似合わないですし……」
「そう?俺は似合うと思うけど」
「でも、私、その、可愛く、ないですし……」
消え入りそうな、でも意固地な彼女の声にアークは肩を竦めた。
そしておもむろに彼女の手から簪を取り上げて、そのままリーザの後ろへ回り、
垂らしてある後ろ髪を一束掴む。
突然の出来事にリーザは叫びに似た声でアークの名前を呼ぶが、
彼は、動かないで、との一言で彼女を制する。
そうして手慣れた手つきで彼女の髪を簪に絡ませながら結い上げると、
これでよし、と一言呟き、彼女を肩をつかんで強引にこちらを向かせた。
はじめはきょとんとしていたリーザだが、急に険しい表情をつくると、
彼女は一歩アークの方に詰め寄って声を荒げる。
「あ、アークさん?!」
「あのね、リーザ。一ついい事を教えてあげよう」
「なんですか……?」
訝しげに彼を見上げるリーザ。
彼女が動くたびにしゃらんと簪が揺れる。
いつもと違った——アップヘアー姿の彼女を見て、
沸き上がる勝利の笑みをなんとかかみ殺す。
これならエルクだって、なんなら他の男性陣だって振り向くだろうに。
依然として困ったように眉間に皺を寄せるリーザに、
アークは人差し指を口元に当てて、にこりと微笑んだ。
「可愛いは、作れるんだよ」