DropFrame

たゆたうせかいと、きみとぼく

「離さないの?」
「……離さない」


 偶然と触れた手のひらは、私が思っていた以上に角張っていて、驚く程に暖かかった。
いつもなら顔を真っ赤にして慌てて離れるのに、珍しい事もあるものだ。
その上、それ以上握りこむだとか覆うだとかの進展はなく、
ただただ私の手のひらにほんの少し、彼の手の平が触れているだけ。
なにがしたいのだろう。
私からはね除けるのもどこか違うような気がして、
大人しく彼の手の下に納まっていることにした。

 がらんどうとした談話室からは、私たちの吐息以外は何も聞こえない。
沈黙が支配する空間。
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
字面だけを見ると冷たい寂しい印象を受けるのだけれど、
体験してみるとなるほどそこまで悪くはない。
絶え間ない会話の渦に巻き込まれるのも嫌いではないが、
こうして静寂の海を漂うのだってどこか安心感がある。
もちろんそれは一重に、彼と一緒にいるからなのだろうけども。
ちらりと彼を盗み見ると、アークは何も言わずぼうっと宙を眺めていた。
だけどほんの少しだけ耳が赤いのは、やはり照れているからなのだろう。

 普段会えない分、話したい事はいっぱいあったはずなのに。
例えばこの前虹が見えただとか、おいしい物を食べただとか、
とりとめのないくだらないことだけど、
今度会ったら話そうと思っていた話題は腐る程沢山ある。
それでも何故だか口に出す気にはなれなくて、
私は思いついたあれこれを片っ端から心の引き出しにしまい込んだ。
そうして静寂が満たすこの部屋で、彼の呼吸だけに耳を澄ます。

 
 ククル。彼が突然私の名前を呼んで、顔をこちらに向ける。
彼の琥珀色の瞳に、小さく私が映り込む。
どうしたの、と私が答えると、彼は儚げな笑顔を浮かべて、
しかし何も言わずに、ただただ私を瞳に宿していた。

 彼も漂っているのだろうか、この海に。
右手に感じる、決して離れない体温で互いを繋ぎながら、私たちは波に身を任す。
このままこうして朽ちていくのも悪くないな。
彼の穏やかな微笑みに答えるように、私も顔を綻ばせた。