case01_彼がまだ幼かった頃の話
「エルク」
「なんだよ」
「欲しい物はあるか」
突然のシュウの言葉に彼は丸いその目をぱちくりと瞬かせた。
言葉の意味を数秒の間咀嚼して、彼は持っていた鉛筆を放り出し、
シュウの元へ駆け寄った。
そうしてシュウの数歩前に立ち止まると、
ほしいもの?と拙い言葉で呟き首をひねりながら言葉を繰り返す。
そうだ、とシュウが返すと、エルクはわざとらしく首をひねりながら唇を尖らせる。
ほしいもの、ほしいもの。
顎に手を当てて、視線を空中に投げてふむうと唸りだした。
俺の真似だろうか。
シュウは眉を潜ませながら、しゃがみ込んで悩ましげな彼と視線を合わせる。
「欲しいものなあ」
「流石に高すぎるものは無理だが」
「うーん……あ!あった!!おれ欲しいものあった!」
「ほう、言ってみろ」
「でっかい!ケーキが食べたい!」
大きいケーキか、なるほどエルクらしいな。
片手を大きく上げて食べたい!と体全体で主張する彼にシュウは苦笑を漏らしながら、
大きく頭を撫でた。
途端、エルクは照れたようにシュウの手をはねのけて飛び退いてしまう。
俺子どもじゃねえよ!と叫ぶ彼に、子どもじゃないのか?と問いかける。
エルクはちぎれんばかりに首を縦に振ってそれに答えた。
そんな彼を見て、また苦笑を浮かべながら
シュウは立ち上がって薄手のコートに手をかける。
「え!買ってくれんのか?!」
コートを羽織った直後、エルクがこちらへ駆け寄り、
がしりとコートの裾を手で引っ張った。
きらきらと輝く視線がシュウに突き刺さる。
シュウはその視線を避けるように黙ってエルクに子供用のコートを投げつけた。
ぶわ!という悲鳴と共に、離れる手。
「今日は特別だからな」
「とくべつ?なんかあんのか?」
「何かってお前——ああ、そうか」
「なんだよ」
「お前は馬鹿だったな」
「ば、馬鹿じゃねえよ!!!」
真っ赤な顔で反論する少年を見ながらシュウは柔らかな笑みを浮かべた。