一つ夜が零れた。
溜まった雨粒が地面に滴るように、コップから水が溢れるように、
夜は濃密な闇を連れて世界へ広がる。
冴えるような冷たい空気はいつのまにか肌を包む柔らかい風を連れて
生き物に春を知らせる。
その風を遮断するようにしかりと扉を閉めて、リーザは一人息を吐く。
時計の音だけが響く部屋。
ほんのりと香る夕餉の残り香。
そうして部屋に漂う彼の、存在。
全て逃さないようにと窓も締め切り、そっと机をなぞる。
ほんの数刻前、彼は確かにここに居たのだ。
こうしてその瞬間を思い描いても切ないだけなのに、どうしてもやめられない。
一人になってしまった夜はどうしても苦手で、こうして彼の軌跡をなぞって過ごす。
座っていた椅子、使っていたコップ、
彼が笑っていた顔、微笑んでいた顔、安らかな顔がそれぞれ触れるたびに浮かびだす。
頭の中でまるでドラマのワンシーンのようにそれがリプレイされて、
余計に胸をしめつける。
次にいつ会えるかなんて保証はない。
約束なんて出来ない。
彼はそんなひとだから。
確証のないものは嫌いで、無責任な事は言えなくて、でもそんなエルクがやはり好きで。
かたかたと揺れる窓をそっとなぞりながらリーザはひとつ、ため息を吐く。
きっと今日は眠れそうにない。
彼の居た数日間を思い返して、指先でなぞり、そうして一人、夜をほどいていく。