春の嵐がフォレスタモールにもとうとうやってきた。
まるで雨のように散る花びらを細目で眺めて、そっと空へ手を差し伸べる。
ひらりとこぼれた花びらがリーザの手中に舞い込み落ちた。
「地面に落ちる前に3つ掴めば願いが叶うらしいよ」
そんなおまじないもあったっけ。
子ども騙しだととわかっていながらも、自然と腕を伸ばしてしまう。
叶えたい願いはなんだろう。
欲しい物がある、成し遂げたい夢がある、会いたい人が居る。
全部そこにあるようで、でも叶っていないようで。
叶えたい事なんて考えだしたら頭の中に溢れんばかり浮かんできて、
まるで強欲な人になったみたい。
いや。リーザは一つため息を吐く。
みたい、ではなく、そうなのかもしれない。
ひらり、ふたつめの花びらが彼女の手のひらに落ちる。
大切そうにそれをすくって、リーザはゆっくり上を向いた。
桜の隙間から見える空は、朱から紺へと綺麗なグラデーションを描いて流れている。
もうすぐ一日が終わる。
また一つ、時が巡る。
「おーいリーザ!そろそろ冷えるから帰ってこいよ!」
「……はあい!」
遠くから、愛しい人の声。
リーザは空から声が聞こえた方へ目線を移すと、
橙色の我が家の明かりと、大きく手を振るエルクの姿が見えた。
隣りに小さく見えるのはパンディットかしら。
きっとそうね、大きくしっぽをふってこちらの様子をうかがっているみたい。
ひらり、また一つ彼女の手に桜の花びらが舞い落ちる。
これでみっつ、と、飛ばないように手のひらで包んだ途端、
一際大きな風が吹いて桜の木が雨のように花びらを巻き上げた。
遠くでエルクの驚いた声と、パンディットが嬉しそうな遠吠えが聞こえる。
春独特の柔らかい暖かな風の感触と、遠くの彼らの声に
リーザの胸になにか、泣きたくなるような、嬉しいような、
言葉にしがたいなにかがこみ上げてきた。
もしかしたら。リーザは思う。
私はこれを望んでいたのかもしれない。
大好きな人がいて、大切な空間があって。
ありふれているけど、きっとかけがえのない風景。
おまじないなんてあながち間違っていないかもしれない。
リーザは手のひらに残った花びらを風に飛ばすと、
遠くの二人に大きく手を振りながら走り出した。
降りしきる花びらの道を、大好きな彼らの元まで。