「きいてくれよおおおおシェリルがさあああ」
「あんたが変な事いうからめんどくさいんでしょうがあああああ」
「あー!うるせえ!いちいちもめるたび俺んとこにくんな!馬鹿野郎!!」
干上がっているとはいえ、湖底という所ははほとほとに凍える。
足場は悪いし、水の染みた靴は冷たく重い。
そんな苦節にも負けずエルクは一人こうして空中城へ行く手段を
なんとかして作ろうとしていた。
それは世界を救うため……
いや、アーク達の守った世界を守りたいが為に動いているのかもしれない。
しかし、だ。エルクはヒエンを修理していた手を止めて、
眼下でぴいぴい騒ぐ後輩達の顔を一睨みしていく。
空中城が復活して、アカデミーの野望を止めるために
こうして汗水たらして努力をしているというのに一体これはどういうことだ。
あの日、アレク達と初めて顔を突き合わせてから数週間しかたっていないにも関わらず、
彼らがここを訪れた回数は既に十を超えている。
「あのな、遊びじゃねえんだ。
やれ喧嘩しただの、やれ気に入らないだので俺のところへ来るな!」
「だってよう、エルクさん頑張ってるなーって応援しなきゃと思ってさ」
「そうそう、一人で頑張ってるエルクさんを応援しにきたんだよあたしたち」
「だー!もう応援なんていらねえよ!
俺はコイツを修理する!お前らは聖櫃を作る!そう決めただろうが!
おら!進捗はどうなんだよ!」
「全くもって芳しくない状態です!」
最年少のテオがニコニコと嬉しそうに報告をしてくる。
こいつら緊張感ってものがねえのか、と
思わず頭を抱えたくなってしまうほどに明るい声。
一歩間違えれば世界の破滅なんて微塵にも感じさせないこの雰囲気に
引きつり笑顔も浮かばない。
愕然としているエルクを知ってか知らずか、テオは一枚のカードを持って彼に歩み寄る。
「聞いてください!これ!珍しいモンスターなんですけど!」
「モンスターなんて聖櫃の材料にいらねえだろ!!」
「あ、なら俺はこれこれー!珍しいアイテムなんだぜー!」
「珍しいアイテム探す暇があったら聖櫃の材料探せよ!!」
「うーん、あたしは、あっ、見てみてこれ新しい合成で出来たウェポンなんだけど」
「ここは成果発表会じゃねえええええええよおおおおおおお!!!!」
荒野にエルクの雄叫びが響く。
次世代の後輩たちは皆こうなのか!揃いも揃って浮き足立ちやがって!
思わず握ってしまった拳を押さえながら、彼らのリーダーであるアレクに目を向けた。
きっとアレクならこの浮き足だったやつらの軌道修正をしてくれるはず。
そう期待を込めて目線を投げたのに、
アレクは目が合うと照れくさそうに下をむいてしまった。
なんだこいつ。
「ほらほら、ルッツもシェリルもテオも、エルクさんが困ってるでしょう?」
もうダメだ……。
と思いかけたその時、救いの手を差し伸べてくれたのは意外な人物だった。
いや、よくよく考えれば一番の適任なのかもしれない。
ゆったり優雅に歩みマーシアはエルクに頭を下げる。
そうして騒ぐ三人をたしなめながら、言葉を続けた。
「すいません、折角こうしてヒエンを修理してくださっているのに……
全く、邪魔しちゃだめじゃない」
「だってよお」
「あたし達だってなにか出来る事があるかなって」
「すいませんでした……」
彼女の一言でしょんぼりうなだれる三人を見て、エルクの胸はちくりと痛む。
冷静になってみたらなんだ彼らも俺の為にわざわざここまで着てくれているのである。
少し邪険にしすぎたかもしれない。
冷静になるために、一つ大きく深呼吸をする。
そうだな、折角着てもらったんだし、話ぐらいは聞いてやろうか。
そのくらいはきっとバチは当たらない。
そう思い直して、エルクは頭を大きく掻いた。
まあここで追い返したってヒエンが劇的に直るわけでもないしな。
「……わかった、わかったよ話聞いてやるから。」
「わー!本当ですかじゃあこのモンス」
「エルクさん見て!見てくれよこのアイテム!ここが」
「エルクさんの槍の事なんだけどあたし思いつ」
「またお前らは!!!いっぺんに喋んな!一人ずつ喋れ一人ずつ!!」
途端に口を開きだした三人に圧倒されつつも、
エルクは奥に立ち尽くす二人に目をやった。
ヴェルハルトは相変わらず何を考えているのか、じっとエルクを見据えて佇んでいるし、
アレクはどこかそわそわして落ち着かない。
お前らは大丈夫なのか?と一応声をかけてみると、
二人は目を合わせておずおずとエルクに歩み寄ってきた。
アレクがルッツの隣りに立つと、ルッツは嬉しそうにアレクにタックルをかます。
ルッツやめろよ、とアレクは笑って、そうしてエルクを見上げる。
すぐさまに恥ずかしそうに目線をそらし、
その、あの、と歯切れの悪い言葉を口の中で転がし始めた。
「アレクはエルクさんの事ちょー尊敬してるもんなあ!」
「る!ルッツ!それは!」
「へえ、俺の事を?」
「わ!ぼ、僕は別に、その……」
アレクはエルクの方をちらりと見やると恥ずかしそうに両手で顔を覆い隠す。
そんなアレクにルッツは半ば無理矢理肩を組み、
ほら話せよ良いチャンスじゃねえかと耳打ち。
どこか既視感を覚える情景にエルクは思い出を脳内で漁りはじめる。
あ、そっか。これはあれだ。からかわれてるリーザとシャンテによく似てる。
隣りではシェリルが、ほんっと馬鹿っぽい、とぼやきながらも
温かい目で二人を見守っていて、その後ろ姿がぼんやりサニアと被る。
そういやサニアもシャンテも元気なのだろうか。そして……リーザも。
最後に会ったのはいつだっただろうか。
フォレスタモールで一人頑張っているとは聞くが……。
「エルクさん!」
「お、おお!どうした!」
そんな思いに馳せていると、
しびれを切らしたのかテオがマントの裾を引っ張って見上げていた。
あのですね、と言葉を切ってテオは後ろに並ぶ仲間達を見渡す。
「順番に、エルクさんにお話ししようって話になったんです」
「まあ一度に喋られるよりはいいな、で、どんな話なんだ?」
「えっとですね」
テオは握っていたマントの裾を話して勢いよく手を挙げる。
その目は爛々と輝いており、口角も上向きだ。
「僕は今までエルクさんが戦ってきたモンスターの事が知りたいです!」
「まあそのくらいならな……そうだな、じゃあ」
「あ!待ってください!先に皆何話すか聞いといた方がいいんじゃないですか?」
「確かに、そうしてもらえるとありがたい」
じゃあ次は俺俺ー!と意気揚々に手を挙げたのはルッツ。
先ほどから熱烈にアピールしていたアイテムを取り出して、
それを愛おしそうに撫でながら、エルクの目の前に差し出す。
「いやあ俺様の最高傑作の話を!聞いてもらおうと思って!」
「最高傑作ってまぐれなだけじゃない」
「運も実力のうちだっつーの!そういうシェリルは何話すんだよ!」
「あたしはウェポンについてね、エルクさんの槍を観察させてほしいなって」
俺の槍?と聞くと、彼女は照れくさそうに頷いた。
ウェポンの合成に長けているとは知っていたが、愛用の銃専門だと思っていた。
俺の槍なんて見て楽しいのかねえ、と思いつつ、脇に置いてあるそれに目をやる。
「まあそのくらいならお易い御用だな、っと次はアレクか」
「ぼ、僕はその、エルクさんのハンターとして生きてきたその、」
ハンターになったきっかけとか、ハンターになって嬉しかったこととか、
そういう事を聞きたいです。
尻上がりに大きくなっていくアレクの声に驚きながらも、エルクは深く頷く。
なんかアレクらしいっつーかなんというか。
自分に一番対応しやすい内容で良かった。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、隣りに立っているヴェルハルトに目をやる。
ヴェルハルトはエルクを一瞥するとおもむろに抜刀して地面に刺しだした。
「俺は一戦、交えたい」
「おいちょっとヴェルハルト!」
「……へえ、後悔するなよ」
「え、ちょっとマジ?」
エルクの返答が想定外だったのか、ルッツとアレクは目を見開きながら両者を見やる。
ヴェルハルトとエルクの視線がぶつかり、どちらとも無く不敵な笑みを浮かべた。
模擬戦か、なんだか懐かしいな。よくおっさんと競り合ったっけな。
こうした依頼なら大歓迎だ。きっと前の四人の話に丁度飽きてきた頃合いだろう。
まあ決戦前だしかるく捻る程度にしておいてやるか。
そうしてエルクは最後の一人、マーシアに目線を向ける。
マーシアは自分に目線が向けられたとわかるとふんわり微笑んで一歩前に出た。
「なら、私も……」
「おっ模擬戦か?」
「いえ、私は軽く質問が」
「へえ、言ってみろよ」
「あのですね……」
マーシアが一つ咳払いをする。
少し照れた笑いを浮かべて,エルクさんにこんな事聞くのも少し恥ずかしいんですけど、
と一旦言葉を切り、小さく息をついて、言葉を続けた。
「……その、エルクさんは炎の魔法を使うと聞いていたのですがやはり自然魔法の類いなんですか?どこかの学院で勉強されたのかしら?されたとしたらやはり専攻は火の魔法関連なのですか?私もまだ勉強中の身で、あ!師事されている教授などがいたら是非教えて頂きたいですし、称号とかとられているのですか?やはりエルクさんくらいになると修士課程いや博士課程」
「待った!」
テオ以上に目を爛々と輝かせているマーシアに制止をかけて
エルクは彼女の言葉を頭の中で反復する。
えっと、自然魔法って……あれだよなゴーゲンが使うようなやつだよな。
いやちょっと違うか?センコウ?先攻?スピードの話?
シジってなんだよ教授ってアカデミーの話か?
脳内で踊っているはてなマークはなかなか消えそうにない。
しかしこうした後輩の手前何言ってるかわからないと言えるはずも無い。
それぞれがそれぞれに目を輝かせている状況に
今すぐ逃げ出したくなる衝動にかられるながらも、
エルクはこの猛攻を突破する方法を必死に探し出す。
エルクさん!と自身の名前を呼ぶアレクの声が聞こえる。
まずは僕からです!とテオが続ける。
ひくつく口元を悟られないように手で覆い隠すと、
もう片方の手でエルクはアレクを指差した。
「アレク!」
「は、はい!」
「お前もハンターなら、ハンターに頼み事をする手順って物を知ってるだろう!」
「あっギルド!」
「そうだ、ハンターたるものやはり基本を忘れてはならない!」
「流石エルクさん……!」
苦し紛れに出した一言がどうやらアレクの胸を打ったらしい。
冷や汗を拭いつつエルクは言葉を続ける。
「お前が依頼をだす、俺が受ける。話はそれからだな」
「そりゃないぜー」
「大体エルクさんここから離れられないなら仕事受けられないじゃん」
「こら!ルッツ!シェリル!」
シェリルの鋭い切り返しに言葉を詰まらせる。
心臓がばくばくうるさいほど高鳴っている。
確かにラグナークにはそもそもギルドが無いので
仕事を受けるなら遠くへ行かなくてはならない。
しかしヒエンをほっぽり出して……。
いやまてよ、こう考えるんだ。
行く方法を考えるより、行ける状況をひねり出した方が早い。
「……馬鹿だな、だから、こういうことだよ」
「どういうことですか?」
「全部終わったら、その仕事受けてやるから、楽しみにとっておけってことだよ」
全部が、終わったら。
アレクはエルクの言葉を繰り返し口にし、何かに気付いたように顔を上げる。
そうして一人一人仲間の名前を呼んで、エルクをじっと見つめた。
「戻ろう、僕らにはやることがある!だからエルクさん、全て終わったら」
「……ああ、いくらでも話を聞いてやるよ」
「さあ戻ろう!僕らにはまだやることがあるんだ!」
最初は不服そうに声を上げていたメンバーも
アレクの強い意思によりしぶしぶ湖底を後にした。
ヴェルハルトだけ名残惜しそうにエルクをずっと見つめていたが、
共闘すればわかる事もあると思ったのだろう。
約束わすれるなよ、と言いおいて彼もまた、踵を返して歩いて行った。
小さくなる後輩の背中をみながらエルクは深いため息をついた。
ああよかったうまくごまかせた。
これでしばらくは時間稼ぎができる。それにしても……。
「しゅーしかてーってなんだよ……あいつらに捕まる前にリーザに聞かないとな……」
重くのしかかる新たな課題にエルクは深いため息をついた。
安請け合いなんて、全く、するものじゃないな。