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キッチン

 丁度、お昼と夜の真ん中辺り。
大空を飛翔するシルバーノアのキッチンで、ポコはせっせと晩ご飯の準備をしていた。
まだ日の高い時間から晩ご飯の準備をするなんて全く変な話もあるものだけれど、
どうにもやることがないから仕方が無い。

 アークはチョピンと進路の話をしているし、
ククルはきっとどこかでうたた寝をしているのだろう。
昨晩遅くまで飲んでいたトッシュはまだお昼寝の最中だろうし、
イーガはなにやら自室で瞑想をしているのをポコは知っている。
チョンガラはお宝の整理、
ゴーゲンはなにやら長い分厚い書物をふむふむと解読しているはずだ。

 楽器の整備は朝に済ませてしまった。掃除だって先日したばかりだ。
どうにも手持ち無沙汰なこの状況をなんとかしたくて、
ふらりと立ち寄ったのはキッチン。
がらんどうなその空間で
しばらくは少々のお菓子とお茶で時間をまったり過ごしていたのだが、
どうにもやはり、暇。

 なにかしよう、なにかしようと考えて、そうだ晩ご飯の支度をすればいいや、
なんてようやく思いついた頃には日が落ち始めていた。
ポコは冷えたお茶を流し込んで、のそのそと保存庫をのぞき適当に野菜を見繕って、
この材料があるならカレーにしようなんて鼻歌を口ずさみながら
晩ご飯の準備を始め出す。
戸棚から包丁とまな板とボウルを取り出して、机の上に並べた。
こうして料理の下ごしらえをする瞬間がポコはとても好きだった。
何かを作り出すときめき。わくわくと、どきどき。
もはやメロディも曖昧な鼻歌をそれでも歌いながら、ボウルに野菜を放り込んだ。


 小窓から見える空は夕日でほんのり赤く彩られている。
もうすぐ今日が終わっちゃうなあ。
明日にはきっと目的地へ着いて、慌ただしい日々に戻るんだろうなあ。
手慣れた手つきでじゃがいもの皮をむいていると、
入り口からひょこりと赤いはちまきが見えた。


「(アークかな?)」


 ポコが声をかけようと口を開いたと同時に、アークが顔をのぞかせて、
手伝おうか?なんて一言言いながらキッチンに入ってきてしまった。
あーあ、先越されちゃったな。
ポコは心の中でぺろりと舌を出して、笑いながら、突然の来訪者を受け入れた。


「ちょうど良かった、人手が欲しいと思っていたところなんだ」


***


「案外こういうの苦手?」
「剣の大振りなら得意なんだけどなあ」
「ちょっとジャガイモ剥くのとモンスター倒すの一緒にしないでよー」
「ははは、悪い悪い」


 もはや皮をむいているのか身を削いでいるのか。
アークの手中にある一回りも小さくなったジャガイモを見てポコは苦笑を漏らした。
これなら人参切ってもらったほうがよかったかもねえ。
そう軽口を叩くと、アークは眉を潜ませながら、
俺だって慣れればこのくらい、と負け惜しみを零す。

 それにしてもこうして見ると、やはり普通の少年だよなあ。
芋の皮むきに悪戦苦闘しているアークを盗み見ながらポコは思う。
例えば戦闘に立ってたりだとか、作戦室で戦術を練っているときは
自分よりも一回りも二回りも大きく見えるのに、
こうして見るとまるで同じ……年相応の少年に見える。

 ポコの視線に気がついたのか、
アークは包丁の手を止めてポコの顔を見て、顔をほころばせる。
やっぱり難しいな、ポコはすごいや。
そう呟きながらさらに小さくなったジャガイモを掲げてみせた。


「そこまですごい事じゃないよーまあアークの方はすごいことになってるみたいだけど」
「うーん、俺、タマネギ切ろうか?」
「そうしてもらえる?このままじゃジャガイモなしカレーになっちゃう」


 ポコの一言にアークは、肩を竦めて、了解です隊長、とおどけてみせた。
隊長だなんて僕はただの一兵卒ですよ。
そう呟くと、背中越しにからアークの笑い声が聞こえた。
なんだかこうしてお互いふざけ合ってるとこれまでの旅がまるで嘘みたいに思えてきて、
心が安らいでくる。
ポコはアークが散々削ってしまったジャガイモを半分に切ってざるにいれて、
また新しい芋の皮を剥きはじめた。


「一兵卒って言うけどポコはやっぱすごいよ」
「やだなあ、そんなことないよ」
「だって俺と同じ年なのにちゃんと兵士として働いてたじゃないか、
 こうして料理も出来るし、俺なんかより全然、人間が出来てるというか」
「何言ってるんだ、アークの方がすごいじゃないか。強いし、精霊の力も使えるし」


 即座に言い返すと、アークは驚いたような顔でポコの方を振り返る。
ポコもはたと皮むきをする手を止めてアークを見る。
お互いの視線と視線がぶつかった頃、
特に理由はないのにどちらともなく吹き出してしまった。


「お互いがお互いを褒め合うって気持ち悪いな」
「だってアークが変なこと言うからさあ!」
「嘘じゃないって俺そう思ってるって、
 だって芋の皮むきも満足に出来ないような男だぞ?」
「あーそりゃあだめだね、良くないね、女の子にもてない」
「別にもてなくたって」
「こりゃククルも他の人になびいちゃうかもなあ」

 
 ずどん、と大きな音を立ててタマネギがまっぷたつに割れた。
それと同時にアークは顔を真っ赤にして、か細い声で何かを呟き始める。
ほそぼそとした音は拾えるがどうにも要領を得ない。
え?なになに?とポコが声を上げると、アークは顔を真っ赤にして、
困ったように眉を潜ませながら、ぽつりと呟く。


「ククルは、関係ないだろ……!」


 もうその態度が関係あるって言ってるようなものだけど。
ポコが煽ると、アークはさらに顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
絶対ククルには言うなよ。アークの絞り出した声にポコは、笑みを浮かべた。


「言わないし、言ってもククル信じないでしょ」
「ほんっっっとに鈍感だからな」
「いやあこのカレーで思いが伝わればいいね、
 あ、でもこのじゃがいもじゃちょっとなー」
「……なら」
「なら?」


 ぼそりぼそりと喋っていてよく聞き取れない。
続きは大体予測できるけど、一応聞いておこう。
ポコはにやにやと顔を緩ませてアークの言葉の続きを待つ。
アークは困ったように一度大きく息を吐いて、言葉を紡いだ。


「……また、練習しにくる」


 小窓から差し込む光は燃えるように赤く色付いていて、
船内を隅々まで真っ赤に染め上げる。
しかし夕日よりもずっとずっと、真っ赤に染まった顔を横目で見ながら、
ポコはするするとジャガイモの皮剥きを再開した。
そうだね、また練習しにおいで。
こうして等身大のアークが見れるのなら、僕、なんだって手伝っちゃうよ。