ゆるりと冬の寒さがほどけるような穏やかな午後。
柔らかな日差しに、もうすぐ春ね、と呟いたら
隣りにいたパンディットが大きくひとつあくびを零した。
まどろみの午後。
そんな単語が頭に過り頬が緩む。
まさにぴったりな言葉じゃないか。
パンディットのたてがみをそっと撫でると、
彼はちらりと目線をこちらに投げて、不思議そうに私を見上げた。
なんでもないわよ、と言うとパンディットはひとつ鼻をならしてゆったりと目線を外す。
なんだかここだけ時間が緩やかに流れているみたい。
穏やかな日差しに誘われるように私はそっと瞼を閉じた。
こうして二人でまどろんでいると、今までの事が夢みたいに思える。
鼻腔をくすぐる懐かしいわらの香り。
小鳥のさえずり。
日溜まりの下。
きっともうすぐおじいちゃんが起こしにやってきて、それから。
ほどけた思い出を辿るように一つ一つ情景を思い浮かべていると、
なにか暖かいものが頬に触れる。
突然の事に小さな悲鳴を上げて振り返ると、
眩しいくらいの笑顔を浮かべたエルクが背後に立っていた。
甘い香りと立ち上る湯気。
二つのマグカップを持った彼は乱暴に私へそれを渡すと、どっかり隣りに腰を下ろす。
「シャンテが甘いもん飲みたいって言うからよ、ポコが張り切って大量に作ったんだよ」
「なあにこれ」
「んー?しなもん?きゃらめる?あーよくわかんねえけど甘いやつ」
でも美味いから飲んでみろよ。
彼はそう勧めると自分の方をぐいと豪快に流し込む。
熱くないの?と尋ねると、彼は牛乳ひげを拭う事無く、熱い、と照れた笑いを浮かべた。
私もその笑顔につられて頬が緩んでしまう。ずるいなあ、こういうの。
そんなエルクに見とれていたら、
丸まっていたはずのパンディットがもぞもぞと私の膝に両足をのせる。
どうやら飲み物が気になるらしい。
興味深そうにふんふんと鼻を鳴らしながらマグカップを覗こうとしていたので、
彼の鼻先までマグカップを下ろした。
パンディットも飲む?と聞くと、彼は二、三度香りを嗅いで、
満足したのかその場で丸まってしまった。
「まあパンディットにはまだ早かったんじゃねえの」
「ふふふ、そうね」
そっとマグカップを持ち上げて鼻を近づける。
甘い優しい香りが私の鼻腔を刺激する。
ここはフォーレスでもないし、懐かしいわらの香りもしない。
おじいちゃんもいない。でもここには大切な人たちがいる。守りたいものがある。
立ち上る湯気を息で飛ばしながら、私はおそるおそるそれを口にする。
マグカップの中身は甘いけどどこかほろ苦い、暖かな味がした。