パンディラは眠らない。遠くに見える淡い光を見つめてトッシュは杯を傾けた。
空には薄い雲が広がっていて生憎星空は見えないが、
遠くの都会の光のおかげで空は今日も寂しくない。
人工的な光だが、これはこれでいいねえ。
ふうと吐いた息は乾いた風にからめとられどこかへ飛んでいってしまった。
ふと、過去に戻りたくなるときがある。
トッシュは遠くの光に目を細めた。
こうして一人で飲んでいるいるときはなおさらにその気持ちが強くなる。
例えばそれは沢山の奴らと旅をしていた時だったり、
それよりずうっと前、親父の元で生きていた頃だったり。
懐かしい暖かい思い出に包まれるたび、意識がそちらに持っていかれる。
今が不満なわけではない。街人からの羨望のまなざしや、可愛い弟子達。
守るべきもの達。やりがいや幸せに包まれていまトッシュはここにいる。
故郷とは大きくかけ離れた気候だが、住んでいるうちに肌に馴染んでいった。
しかしながらそういった幸せをかき消す程に思い出は美しいから、
胸の切ない痛みとともに郷愁の念が掘り起こされる。
例えばあのときこうしていれば。
人生は選択の連続でトッシュなりの最良を選んできたからいまここにいる。
いや、もしかしたらどこか間違えたかもしれない。
正解なんて誰にもわからないんだよなあ。
でもどこかで違う答えを選んでいたら、今でも世界を旅していたかもしれないし、
世界だってここまで変わらなかったかもしれない。
そもそも守るべきテスタなんてものは出来ることもなく、
ここには昔の繁栄した街がまだ残っていたのかもしれない。
心がずうんと重くなって、トッシュはぽつりと呟く。
戻りてえなあ。
妙に響いた言葉は彼をそうした夢からうつつへと意識を引っ張り戻す。
いけねえ、そんな過去ばっかりみてどうすんだよ。
ここで考えてもなにも変わらねえじゃねえかよ。
そうして自分自身に喝を入れて、
徳利に入っている酒をまた杯に注ぎそれをあおるのだ。
月が陰っているから、きっとこんな胸が切なくなるのだ。
それでもたまにこんな気持ちになるのも悪くはねえな。
沢山の過去も、積み重ねてきた後悔も全てひっくるめて俺が形成されているのだから。
空にはまだ薄雲が広がっており星々はまだ見えない。
遠くで光るネオンがどこか寂しそうに光を放っていた。