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愛妻の日

 冬の雨は空気の寒さを和らげてくれる。
それはきっと冬の寒さをぐんぐん吸って
降りてきてくれているからじゃないのかなと私は思う。
しとりしとりと控えめなリズムを叩いて空から落ちる雨音はとても心地よく、
布団の暖かさも相まってもう一度夢の中へ落ちていきそう。
いけない、起きないと。
もぞりもぞりと体を動かしてなんとか起きようとしていると、
聞き慣れた声が頭上から降ってきた。


「もうちょっと寝てろよ」
「……エルク?あさ、はやいのね」
「ん、なんか起きちまって」


 寝ぼけ眼をこすり彼を見上げると、
エルクはコップに入ったミルクを飲みながらじいっと窓の外を見つめていた。
外は朝と呼んでいいものかどうか戸惑うくらいまだ暗く、夜のヴェールを纏ったまま。
しかし時計はきっかり7時を指しており、起きなきゃ、と呟きつつ私は上体を起こす。
エルクが私より早く起きるなんて珍しいね。
私が笑うと、エルクはたまには俺だって早起きすんだよ、とベットの縁に腰を下ろした。
彼が言葉と共に吐き出した息はほんのり牛乳の香りがした。


「朝ご飯何にしようか」
「んー、なんでもいいや、でも腹減った」
「ふふふ、卵があったから目玉焼きでもする?パンも確かあったわね」


 卵を焼いて、パンも焼いて。
ぶつぶつ呟くと焼いてばっかじゃねえか、とエルクが笑う。
ならレタスでも切りましょうか。サンドウィッチにして食べましょう。
私の提案に、おっしそれ乗った!なんてエルクは自分の膝を叩いて立ち上がった。
私ものそのそとベットから飛び出して大きく伸びをする。
雨が降ってるとはいえまだ肌寒い朝。
手元にあったカーディガンを羽織ってそのままキッチンへ移動する。
エルクも同じようにキッチンに移動して流し台にコップを置いた。


「ああよかった、あったわ」


 卵とパンとレタスを取り出して流し台の隣りに置く。
そうしてまずはレタスをボウルにちぎり入れて流しの蛇口を捻る。
なんか俺も手伝うことあるかー?との背後から声がしたので、
じゃあ卵を焼いてくれる?と提案すると彼は嬉しそうにこちらへやってきた。


「なあんか変な感じだよなー俺火がだせんのにこうして別の火を使うのって」
「だってエルクの炎じゃ卵がこげちゃうじゃない」
「確かにそうなんだけどよー」


 水気を切ったレタスの葉に残っていた水滴がビーズのようにぴかぴか輝いていた。
端を手でちぎって口に運ぶと新鮮な歯ごたえに思わず頬が緩む。
あ、つまみ食い!めざとく見つけられた悪事に私はついつい、と笑いを零す。


「パン焼く?焼かない?」
「焼かないでおこうかな、エルクは?」
「俺は軽く焼こうかな」


 私はふきんで手を拭いてパンを薄く横に切っていく。
切れた面にバターを塗って先ほど洗ったレタスを挟んでいると、
隣りからうーんやっぱり生で、なんてエルクの声がした。
人の見てると食べたくならねえ?なんて彼の声に、
エルクらしいわね、と笑顔を返すと彼は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。

 彼の分のパンも切り分けて、同じようにバターを塗りレタスを挟んでいく。
エルクは焼けた卵を手慣れた手つきで挟んでいく。
どうやら目玉焼きからスクランブルエッグへ路線変更したらしい。
相変わらず不器用だなあ、と私はこみ上げる笑いをなんとか押しとどめた。
どうやら卵を割って焼いているとどうにもつぶれてしまうらしい。
でもそういうところもエルクらしくて、見ていて心が暖かくなる。


「おっし出来た!食おうぜ食おうぜ!」
「ふふふ、食べましょ」


 エルクは完成したサンドウィッチをお皿に盛って
意気揚々とテーブルに向かって駆け出した。
私はフライパンとボウル、包丁を水につけて、同じように席に向かう。
エルクのテーブルにはいつの間にか新しいコップと、
注がれた牛乳がちゃんと整えられていて驚いた。
もう一杯飲むならさっきのコップで良かったじゃない。
私の小言に彼は悪い悪い,と照れ笑いしながら私にも牛乳を差し出す。
それを受け取って席に着くとエルクは大きく両手を叩いて言った。
いただきます。私も後に続いて両手を叩く。いただきます。

 こうして二人で共有できる朝ってとても暖かくて幸せな気分になる。
目の前に大好きな人が居て、おいしいものがあって、
きっと幸せってこういう何気ない事を言うのだろうなと私は思うのだ。

 外の雨はまだ止みそうにない。
雨音をBGMにしながら、私はサンドウィッチを口に運んだ。