エルクの一番いいところをあげてください。
***
「エルクの一番良いところ?うーん」
「エルクのいいところねえ」
どこだろう、とポコはアークを見上げ、アークも肩をすくめる。
なくはないんだけど急に言われるとぱっと思いつかないものだよね。
そのポコの言葉にアークは苦笑を浮かべながら頷く。
そうだなあ、エルクの良いところ。
彼との思い出をたどってみれば四つ五つ出てくるのだけれど
一番と限定されてしまうと、どんな言葉もなにか決定打に欠ける、
彩りの薄いものに思える。
「強いし、なんだかんだで仲間思いだよね。一番と言われたらどうかなって思うけど」
手持ち無沙汰なのかポコは手元にあったシンバルをぱちぱち鳴らせながら答える。
アークは腕組みをしながら、そうなんだよなあ、と首を縦に振った。
最初はただただうるさいやつだと感じていたのだが
接していくとなかなか芯の通った少年で、
戦闘に出ればいの一番に駆け出し敵を蹴散らすし、
かと思えば険悪な雰囲気になっている仲間を収拾しようと奔走する一面もある。
……もちろん、全て吉に出るとは限らないが。
そうして思いめぐらしていると、
方々に散らばったエルクの良いところがアークの頭の中で一本の線と繋がった。
ああ、そうか。
はっと顔を上げるアークにポコは不思議そうに首を傾げる。
「思いついたの?アーク」
「そうそう、あったあった。エルクって、表情くるくる変わっておもしろいよなあって」
「確かに!」
それは、秋の紅葉に似た、鮮やかな君の表情。
***
「小僧の良いところだあ?」
「エルクの……ふむ……」
ねえよねえよ、あんなのまだ乳くせえガキだっつーの。
片手をひらひらさせてせせら笑うトッシュの隣りで、
ふむう、と口元に手を当て黙り込むシュウ。
「あれはあれで繊細だからな、感受性豊かというか、
それに運動神経だっていい、勘も鋭いし……」
「かんじゅせー?馬鹿なだけだし、大体一番だって言われてんだろ」
「……どれも甲乙つけがたいものではあるからな」
まあムードメーカーではあるよな。
場の空気をもり立てるっていうのか?そう言うところがあいつの長所なんじゃねえの?
トッシュに背中を叩かれてよろめいたシュウは彼を鋭く睨む。
先ほどまで豪気に笑っていたトッシュは彼の睨みに表情を固まらせながら、
わっ悪い、と声を絞り出した。
だからそんなに睨むなって、な?
シュウはふんと鼻を鳴らしトッシュから目線を逸らせる。
そうしてまたエルクの良いところを頭の中でまとめていく。
付き合いが長い分お互いの善し悪しをしっかり見てきている。
繊細……というのは長所には欠けるか。
強いといっても私にはまだまだ及ばないし、
勘が鋭いといっても時には熟考してほしいところだってある。
彼の中にエルクの良いところが一つ浮かぶ度、心の中の天秤にかけていく。
なるほどこれは難航で、難題である。
ふと、彼の眉間から皺が消えて、トッシュが興味深そうにシュウの顔を覗き込んだ。
やっぱりムードメーカーだろ、な?
シュウは煩わしそうにトッシュの視線を睨みで蹴散らして、口を開いた。
「……純粋なところだな」
それは真っ白な雪に似た、一面に広がる純粋な心。
***
「エルクの一番……好きなところ?」
「良いところ、でしょ」
「あら、リーザにとっては一緒なんじゃないかしら」
「あーはいはいお腹一杯お腹一杯!」
「そ、そんなのじゃありませんよー!でも、そうだなあ」
思い浮かぶのは彼の笑顔。
脳裏に浮かんだその光景に思わずリーザの頬が緩んでしまう。
その光景を見て、シャンテは嬉しそうに微笑み、サニアは苦々しく顔を歪めた。
大体アンタあいつのどこがいいのよ。
吐き捨てるサニアに、シャンテはやはり楽しそうに微笑む。
だからそれを悩んでいるんじゃないかしら。
「でもエルクだって良いところ沢山あるじゃない、ああ見えて何でも食べるわよ」
「何でも食べるって……良いところでそこをあげるのもどうなの……」
「あら作っている側としては喜ばしい限りよ?ねえリーザ」
「そうですね、エルクがおいしそうにご飯を食べてると、作った私も嬉しくなります!」
でも。一番と言われたらちょっと違う気がする。
なんだろう、エルクの一番好きなところ。
笑顔が素敵?楽しい事を沢山持ってくるところ?
どれもこれも捨てがたくて、でもやっぱりどこか遠い。
こうして考えてみると、エルクってすごい人だよね。
ちょっと考えるだけで、沢山良いところが見えてくる。
「まー沢山食べるし沢山飲むけど、その分動くわよねー……本当に元気」
「そうしてドタバタしてたくさんサニアに怒られてるわよね」
「ほんっと飛行中にドタバタ走るなって何回言えばわかるのかしら!
いつかシルバーノア落ちるわよ!」
「あらー、それはそれで楽しそうね」
「楽しいわけあるか!」
もーまだ出てこないの?苛立ったサニアの声にリーザは顔一杯に笑顔を浮かべる。
そうだ、あった。エルクの一番好きなところ、一番私が惹かれたところ。
「やっぱり、優しいところ、ですかね!」
それは春の陽気に似た、柔らかに人を包む優しさ。
***
空を見上げると吹き抜けるような青に目が眩む。
今日は一段と澄んだ空ですね、と呟くと
隣りに居たエルクさんは、そうかあ、と気の無い返事をして先に歩いていってしまった。
前方にはリーザさんとパンディットが彼を待っていて、
エルクさんは嬉しそうに二人に手を振っている。
愛されてるなあ、と呟くと、そうだよなあ、と隣りにいたルッツが言った。
「愛され系ハンターだよな」
「なんだよそれ」
「いや今浮かんだ言葉」
愛され系ハンター。
妙に口に馴染む言葉をアレクも呟く。
確かに彼の周りには愛が溢れている。
男女間の愛はもちろんの事、信頼しきった愛だとか、親子の絆から紡がれる愛だとか、
さまざまな暖かさが彼を包み、形成している。
すごいと思う反面、きっと自分だってその一人だとアレクは思う。
勿論変な意味ではなくて、ただ純粋な、憧れとしての愛。
そうなりたいと願い、そうありたいと望む。
いつか彼のようなハンターとなり世界中を駆け巡る事が当面の目標であり野望でもある。
鼻息を荒くするアレクにルッツは穏やかな微笑みを浮かべた。
「なあアレク、お前エルクさんの一番いいところってどこだと思う?」
「一番いいところ?」
「そ、一番良い、自分の憧れているところ」
ウィンクを飛ばす相棒に、可愛くないぞと一蹴してアレクは空を仰いだ。
青々とした空には穏やかに雲が流れてる。
大きく息を吸い込むとほんのり、草木のさわやかな香りがした。
「そうだなあ」
僕が一番、憧れているところ。エルクさんの、一番良いところ。
「やっぱり、あの笑顔なんだろうな」
それは時に強い光で世界を照らす夏の太陽に似た、顔一杯の笑顔。
***
春夏秋冬。
巡る一年を大好きな君といっしょに。