嬉しいはずだけど胸がちくりちくりと痛む深夜2時。
外からこうこうと風の音が聞こえて思わず毛布を握る手が強くなる。
風、強いなあ。ぼうっとした頭でもはっきりとわかる程に風は唸り吹きすさんでいる。
普段は外で休んでいるパンディットも今日は流石に厳しかったのか,
玄関先で丸くなって眠っていた。
こんなに風が強いのに、
空はまるで穴がぽっかり空いたように月がやけに明るく光っていた。
どうしても起き上がる気になれなくて寝返りをうつと、
隣りのベットですやすや寝息を立てるエルクの背中が見える。
明日には帰っちゃうんだよね。ちくり。また心に針が刺さる。
会えて嬉しいのはもちろんなんだけど、どうしてもこの感覚は慣れそうにない。
つんとした痛みが鼻の奥を駆け巡り、リーザは毛布に顔を埋める。
行かないでって言ったらきっと数日くらいは出発を延ばしてくれるよね。
だってエルクは優しいから。
でもそうやって足を引っ張るのなんて私には出来ないよ。でも、でも。
一緒に居られて嬉しいはずなのにこの気持ちはなんなのだろう。
鋭く尖った、まるで凶器のようなこの気持ち。
一緒に旅をしていたときには抱いた事の無いもやもや。
疲れてるのかな、私。
眠ろうと目を閉じてみるが、やけに時計の音が耳について離れない。
「……」
風、つよいね。
ふと、口からこぼれた言葉。
どうせ皆寝ているのだから答える人も居ないだろうと高をくくっていたのだが、
隣りから、そうだな、なんて返答が聞こえて、リーザの肝が瞬時に冷える。
え、エルク起きてたの?
上ずった言葉に、起きてたよ、と軽い笑い声。
「強いな」
「強いね」
「明日これ出れんのかな」
どきりと心が揺れる。明日はやめたら?とでも言えばとどまってくれるのだろうか。
毛布からそっと顔を上げて彼を見ると、
相変わらず彼はリーザに背を向けたまま寝転がっていた。
随分と背中が広くなったな。ずっとこの背中に守られてたんだ。
「ねえエルク」
もし私が引き止めたら。
用意していた言葉をそっと胸にしまう。
だめだ、あさましいね。エルクが頑張っているのに、私が引き止めてどうするの。
「なんだよ」
「……なんでもないよ」
「そうか、なあリーザ」
「なあに」
エルクはもぞもぞと動いて布団をかぶり直す。
しかしこちらを向く気配はない。
リーザがじいっと彼の言葉の続きを待っていると、
大きな音を立てて風が一陣通り過ぎた。
「エルク……?」
「……また、帰ってくるから。そんときはなんか暖かいもの、作ってくれよな」
返事よりも先に頬に涙が伝う。
そうかまた、また帰ってきてくれるのか。
リーザは顔を毛布に埋めて返事をする。
うん、作るね。暖かい、とびっきりおいしいの、作るからね。
寂しい気持ちも胸いっぱい詰まっているのだけれど、
エルクの一言は寂しさを楽しみに変えてくれるから不思議だ。
寝る、と一言呟いてそのまま寝入ってしまったエルクの寝息が聞こえる頃には
風はぴたりとやんでいて、静寂が部屋の中を支配していた。
おやすみ、と一言呟いてリーザも目を閉じる。
二人の寝息が聞こえるまで、月光はただただそんな二人を照らし続けていた。