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幸福の距離

 一緒に帰るったって別に目的地も同じだろうから一緒に帰るも糞もねえだろ。
エルクがぶっきらぼうに放った言葉は
共に吐かれた白い息と同様に空気へと溶けていった。
随分寒くなったこの季節は、コートがかかせない。
普段着ないような分厚いコートを羽織ったエルクは
リーザを見やると大股でどんどん歩いていってしまった。
心なしか耳が赤いのは寒さのせいだろうか。それとも。
一歩後ろを歩くリーザはそんな彼の後ろ姿を見ながら嬉しそうに微笑んだ。

 こうして彼が強い言葉を吐く事は日常茶飯事だ。だから気にしない。
だって本当に一緒に帰りたくなければ、さっさと置いていってるはずだもの。
リーザは緩む口元をマフラーで覆い隠す。
それに歩調だって私に合わせてくれてるみたい。優しいなあエルクは。

 少し丈の長いコートはシュウさんのお下がりかしら。
黒い色のコートの袖口はくるくるとまくられている。
後ろから見ると全身黒色なのに、頭に巻いたターバンだけが燃えるように赤い。
そんな姿を見てエルクらしいなあと一つ息を零して、
リーザは少し遠くなった彼の背中を小走りで追いかけた。

 決して隣りには歩かない。だって隣りを歩くと彼が恥ずかしがるから。
なんつーか誤解されるかもしれねえだろと、
彼が真っ赤な顔をして言葉を吐きだしたあの日から決めたのだ。
あれはシャンテさんにからかわれた直後の話だったっけ?
私は別に気にしないのに、と言葉が喉のすぐそこまで出てきたのだが、
無理矢理それを押し込んだのを覚えている。
だって彼が嫌がる事は、あまりしたくないし。
だから私は一歩下がった斜め後ろをてくてくとついていく。
近くもなく、遠くもない。心地よい塩梅。

 ほんのり夕日に照らされて赤くなったエルクの横顔は、
いつも以上に精悍さに溢れていた。
鋭い目はまるで前を睨む鷹の様で、リーザの心が大きく跳ねる。
格好いいなあなんて言ったらきっと照れて先に帰っちゃうかな。
そうならないように大切に言葉を胸の中にしまう。

 格好いいね。素敵だね。
リーザの心のタンスには彼の賛美の言葉で溢れ返っている。
いつか伝えられるよう大切に一つずつ保管しているのだ。
それに例え本人に伝える機会がこの先永劫にこなくたって、
いつか出会う自分の子どもや孫に、私の仲間にこんな素敵な人が居てね、
なんて伝えてあげるのもいい。
なんだっていいのだ。だって彼が素敵な事には変わりないのだから。


「おい、置いてくぞ」
「はあい」


 気がつけばエルクは少し遠くに居て、不機嫌そうに眉を潜めている。
口は悪いが、ちゃんとこうやって待っててくれる。
そんな彼の優しさにやはり顔がにやけてしまう。
ばれないようにこそこそとマフラーでまた口元を隠して彼に駆け寄る。
まったくトロいやつ。
エルクはそんな憎まれ口を叩きながら、
先ほどよりもゆったりした歩調で彼女の一歩先を歩き出した。

 そうして彼の優しさに触れて、心の中にぽつりぽつりと産まれる暖かい言葉を
リーザはまたストックしていくのだ。彼の歩く、一歩後ろで。