擦り傷が多いわねと苦言を呈しながらも手当をしてくれるサニアさんはやはり優しい。
大きな怪我なら自分で治療したりシャンテさんに頼んだりするのだけれど、
こうしたちょっとした傷で、特に自分の手の届かない場所は
サニアさんに治療してもらう事が多い。
彼女はいつも面倒くさそうな所作で準備を始めるが、そのくせ手当は丁寧で綺麗。
いつもすいません、苦笑するリーザにサニアは、
ほんとうよもう、とやはり苦々しく言葉を吐く。
今月に入って何度目だと思ってるの?と愚痴る彼女にリーザは閉口するばかり。
覚えている限りでも5、6回は手当をしてもらっている気がする。
怪我の原因の大半はこっそり行っている自主訓練なのだから余計に質が悪い。
しかしながら猛者蔓延るこのシルバーノアで生きていく為には
それなりの力が必要だとリーザは思っている。
前線をはらなくても、せめて後方を守れるくらいの強さは欲しい。
「あんた、無理してるんじゃないの?」
「無理ですか?」
「自分を追いつめすぎてるんじゃないかってこと」
サニアは眉を潜めながら消毒液を傷口にかける。
ちりりとした痛みにリーザは一瞬顔を歪ませた。
自分を追いつめていると感じた事は無いのだが、実際はどうなのだろう。
何もせずに守られているほうがリーザにとっては苦痛に感じる。
それなら少し無理をしてでも強くなっていった方が、精神的には楽なのだ。
垂れてきた余分な消毒液をガーゼで拭き取るサニアを見ながら
リーザはぼうっと思考を巡らせる。
そういえばいつからこうして彼女に手当してもらうようになったのだろう。
いつの間にか当たり前に救急箱を持ってきてもらい、手当されていた気がする。
絶対どこかにきっかけがあるはずなのに。いつだったっけ。どこだったっけ?
「ちょっと、あんた話聞いてる?」
「え!な、何の話でしたっけ?」
リーザの返事にサニアの眉間の皺がまた深くなる。
まーたしょうもない事考えてたんでしょう。
への字に曲がった口から飛び出してきた苦言に
リーザは反論が出来ずにただただ苦笑を浮かべる。
「あんたが無理してないかって話よ。
影で頑張るのはいいけど、こうして傷を作ってちゃ本末転倒よ」
「そんな事無いですよ、それに私、今のままじゃ弱いから、もうちょっと頑張らないと」
ふうん、サニアは気の無い返事をこぼしながら、
ペタリと大きな絆創膏を貼って、出来たわよ、と一言。
相変わらず素早い処置である。
リーザは少し血がにじんだ絆創膏を優しく撫でながら、ありがとうございますと微笑む。
サニアは照れくさそうに、別にいいわよ、とぷいとそっぽを向いてしまった。
もしかして怒らせてしまったのかしら。
サニアさん、と名前が喉まででかかった頃に、サニアがぽつりと呟く。
「リーザは戦えない分補助もできるじゃない、そこまで頑張らなくても」
サニアの、どこか哀愁に満ちた横顔を見てリーザははっと息をのんだ。
ああそうだ、思い出した。なんでサニアさんがこうして傷の手当してくれるのか。
回復魔法を使えない自分に出来る事は無いかと思って、
いつもこうした救急セットを持ち歩いている事。
そうしてそんな彼女と、怪我をした私が運良くエンカウントしたのが始まりだった。
もしかしたら神様が引き合わせたのかもしれない。
戦力としての不安を抱えた私と、補助が苦手なサニアさん。
こうして足りないところが自分の出来る限りで補っている姿は、
案外似ているのかもしれないな。
そう思うとなぜだかとても面白くて、頬が緩んでしまう。
「なあに笑っちゃって」
「ふふふ、思い出し笑いです」
「ちょっと変な事思い出してるんじゃないでしょうね!」
「変な事じゃないですよ、懐かしい思い出です」
「小さい頃の思い出とか?」
「いいえ、もっと最近の出来事ですよ」
「最近?」
そう、最近です。
怪訝そうに顔を歪ませているサニアを見て、リーザはやはりふんわりと笑う。
手当てしてもらった傷を手で包んで、そっと目を閉じる。
こうして頑張っている事は、そうきっと間違いじゃないから。
他の誰かが知らなくても、サニアさんが頑張っている事は私が知ってるし、
私の事をサニアさんは気遣ってくれる。
「サニアさん、私、やっぱりもうちょっと頑張ろうと思うんです」
「まあ好きにすればいいわよ」
「だから、また怪我をしたらこうして手当してくださいね」
「仕方ない子ね」
サニアは軽く肩を落とすが、まんざらでもない表情で笑ってみせた。
それはきっと私しか知らない、彼女の一面。