ああ、こんな傍にいたんだな。
今の今まで気がつかなかったけど、
きっと俺が思っているよりずっとずっと前から彼女はきっと隣りに居てくれたんだろう。
思い返すと怪我をしている俺を発見するのはいつも彼女だったし、
調子が出ないときにそっと好物を差し出してくれるのも彼女だった。
リーザは誰にでも優しいから。
そんな適当な理由で彼女との距離を無意識に開けていたのかもしれない。
それでも気がついてしまった。
今、今まさに、気付いてしまった。俺と、彼女の距離。
くるりくるりと彼女の細い指が、器用に包帯を巻いていく。
エルクったらいつまでたってもやんちゃなんだから。
そんな事してるとアレク君達に笑われちゃうわよ?なんて穏やかな笑みを浮かべながら、
慣れた手つきでエルクの怪我を治療する。
かすり傷程度なのに大げさだな、いつものように軽口を叩いてみるが、
心なしか声が震えている気がした。
リーザは気付いていないのか、彼の言葉にむっと眉をひそめて、
傷口にばい菌が入ると大変なのよ?と唇を尖らせた。
「熱だって出るかもしれないんだから、あんまり無茶しちゃだめよ?」
「そうだな、気をつけるようにするよ」
リーザの言葉をすんなり受け入れると、
彼女は途端に目を丸くしてエルクの顔を見上げた。
何かあったの?とリーザは心配そうにそっと手を握る。
別にどうもしてねえよ、とエルクが顔を背けると、
いつものエルクなら私の注意なんて聞かないのに、とぽつりと零す。
おいおい、いつもの俺はそんなにひねくれてるのか?
気恥ずかしくなって頬を掻くと、握る手のひらの力が少し強くなる。
「あんまり無茶はしないでね?」
「わかってるよ、なあリーザ」
「どうしたの?」
彼女の方に向き直ると、
リーザは不安の色を顔一杯に浮かべてエルクの次の言葉を待っていた。
別に悪い事を言うわけではないのだが、
少々言い出しにくくなって言葉を口の中で転がす。
ああ、あの、えっと。
歯切れの悪い言葉を吐きだしながら、彼女に伝えるべき単語を頭の中から引っ張りだす。
「お前ってさ……なんていうか、いつも傍にいてくれたんだな」
あ、ぶっきらぼうすぎたか。
訂正しようと彼女を見ると、リーザは目を丸くしてエルクを見つめていた。
かと思うと握っていた手を離して自身の頬に両手を当てて、エルクから目をそらす。
彼女の髪からちらりと見えた耳はリンゴのように真っ赤に染まっている。
「え!なななに急に!ど、どうしたの?!エルク!」
「何もねえよ!ただなんつーか、手当してくれてるリーザを見て、
なんというか、そう思ったというかだな……」
彼女の照れが伝染したのか、こちらまで恥ずかしくなる。
慌てふためく彼女の手を今度はエルクが握り、悪いかよ、と一言呟く。
悪くない、と彼女の消え入りそうな声が聞こえて、頬が途端に緩んだ。
なんというか、今まで全く気がつかなかったなんて鈍感もいいところだな。
近すぎるから気付かなかったのか、それとも見ようとしていなかったのか。
「リーザ」
「なあに」
「いつもありがとうな」
「ふふふ、どういたしまして」
まだ拙かった頃に巻かれた包帯よりも、少しきつめに巻かれたそれは、
ちょっとやそっとじゃほどけそうにない。
そうっと彼女の細い指に自分の指を絡ませると、
リーザはいつものような穏やかな笑顔を浮かべて、エルクの手をそっと握り返した。