空に浮かぶ星をいくら数えたって願いなんて叶いはしない。
流れ星だって都合よく降ってはこない。
しかしこうして空を見上げるだけで、ほんの少しだけ心が安らぐのはなぜだろうか。
爛々と輝いている星は気の遠くなるくらい昔の光だと、
おじいちゃんは以前話してくれた。
ずうっと昔の光がこうしていま私の目の前で瞬いている。
自分でなにもかも出来ると驕っていたわけではないのだが、
たまに、ふとした瞬間に私って何が出来るのだろうと悩む事がある。
エルク達のように腕っ節が強いわけじゃない。かと言って魔法が沢山使える訳でもない。
「私にはなにができるんだろうなあ」
深夜、誰もいない談話室。
空にはお世辞にも満天とは言いがたい星空が広がっている。
ちぎれるように流れる雲の合間でもちらりちらり光る星々はとても健気で儚げで、
私は目を奪われてしまった。
そうしてじっとただ星空を眺めていると、背後からこつりこつりという堅いブーツの音。
振り返ると、丁度こちらへ歩いてくるシュウさんと目が合った。
浅く会釈をすると、彼は持っていたマグカップを軽く持ち上げて、飲むか?と一言。
マグカップからは白い湯気が立ち上っていて、ほのかに甘い香りがする。
「わあ、ホットミルク!いいんですか?」
「眠れないんだろう、飲むといい」
渡されたマグカップから暖かい温度が手のひらに伝わる。
暖かいですね、と笑うと、シュウさんは、出来立てだからな、と笑った。
「エルクが眠れないときよく作ったんだ、効果はてきめんだぞ」
「丁度眠れないなあと思ってたんです、ありがとうございます」
そっと一口飲むとほんのり甘いミルクが口一杯に広がる。
優しい味ですね、と呟くと、彼は、そうだろう、と目を細めた。
エルクもこれを飲んで育ったんだなあと思うと心の中がすこしくすぐったい。
今の私と同じように眠れない夜があって、こうしてホットミルクを飲んで、
優しい味に包まれながら床につく。
それってとても素敵なことなのに、心に巣食うもやもやのせいで素直に喜べない。
ふう、と息をつくと、シュウさんは私の方を見て、口を開いた。
「……リーザが眠れないなんて珍しいな、悩み事か?」
「悩みってほど大層なものじゃないんですけど、ちょっといろいろ考えちゃって」
「そうか」
シュウさんはそこで言葉を切った。
どうやら次の言葉を探しているようで、微量ではあるのだが目が泳いでいる。
気を使ってくれているのかしら。私はもう一回ホットミルクを口にする。
ほう、と吐き出した息はほんのり白くて、少し甘い香りがした。
「私って、何が出来るのかなって思ってたんです」
「何が?」
「強いわけでもなくて、すごい技を使えるわけでもなくて……
足手まといになってないかなって」
口にするとなぜだかとても情けなく思えて、言葉尻が弱々しく消えていく。
足手まといは嫌なんです、となんとかひねり出した言葉は
聞こえるか聞こえないかわからないくらい微かな音となって湯気とともに霧散する。
平気だったはずなのに、胸の中に押し込めていた不安や焦りが
むくむくと膨らんでいくのがわかる。
悟られないようにマグカップを強く握ると、
「……飲むといい」
シュウさんの暖かな声が聞こえた。
彼の顔をおそるおそる見上げると、ただただ優しく微笑んでいた。
頷いて残っていたホットミルクを飲み干すと、
なぜだかほろりほろりと涙がこぼれ落ちる。
シュウさん、と名を呼ぶと、彼は黙って優しく頭を撫でてくれた。
「私、エルクを大変なことに巻き込んでしまったんじゃないかなって
思う事があるんです。
なのに私は何一つ出来る事が無くて情けなくて、私、わたし……」
「そんなことはないさ」
大きく鼻をすすると、シュウさんはどこからともなくティッシュを取り出して
私に手渡す。
何でも持ってるんですね、と笑うと、
何でもほしがるやつがいたからな、と彼は苦笑した。
マグカップを机の上に置いて涙を拭うと、シュウさんはそれでいい、と呟いた。
「誰も足手まといとは思ってはいないさ、
リーザにはリーザしか出来ないことがあるだろう」
「私しかできない……それってモンスターとお話できることですか?」
「それだけじゃないさ」
それだけじゃない?私が首をひねると、
シュウさんはやはり目を細めて、私を見つめた。
「少なくとも……エルクの笑顔は多くなったな」
思わぬ言葉に私が目を丸くしていると、さあそろそろ寝る時間じゃないか、
なんて言ってシュウさんは机の上に置いていたマグカップを持ち上げた。
洗っておくからリーザはもう寝るといい。
そう言葉を続けてシュウさんは去ろうとした。
待ってください。言葉が自然と口からこぼれる。
今なら言える気がする。ずっと誰かに聞きたかった事。
胸につっかえて離れなかった疑問。
今までずっと心の中で引っかかっていた、私の、奥底に居た臆病な言葉。
「私、ここに居てもいいのでしょうか」
「聞くまでもないだろう」
「……ありがとうございます」
本当は誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれない。
微笑むシュウさんを見て、心の中にすうっと風が通る感じがした。
それと同時に眠気が波のように襲ってくる。
吐き出して安心したからなのだろうか。自分の単純さに苦笑が漏れる。
ありがとうございます。私が深々と頭を下げると、
シュウさんは、気にする事はない、と呟いて部屋を出て行ってしまった。
ずっと一緒に過ごしてきたけど、こうして彼と長い時間話すのは初めてかもしれないな。
振り返り見上げた空は、先ほどとは打って変わった綺麗な星空が広がっていた。
ちぎれ雲が風に流されたのだろう。
あれだけ弱々しかった光が今ではこんなに輝いている。
この星空のようにずっと輝いてはいられないけれども、
少しずつ、出来る事から頑張らなくっちゃね。