せっかくの年越しなら、らしいところで過ごしたい!
そんなククルの提案により、急遽シルバーノアはグレイシーヌへと舵を切った。
こうして私情で行き先を変えることは非常に希なのだが時は年末。
一年頑張ったみなさまへのご褒美です、とチョピンは人差し指を口元に当てて、
一つウィンクをとばした。
「まあ、たまには里帰りも悪くないな」
「里になんのか?これは」
「幼少期過ごしたのなら里と呼んでも過言ないだろう」
イーガはラマダ寺の窓から見える景色に笑みをこぼした。
懐かしい、何一つ変わっていない。
手すりを撫でるとよく知ったつるつるした木の肌の感触が伝わりまた頬がゆるむ。
一人望郷の念にかられていると、隣にいたトッシュが、里ねえと呟く。
きっと彼も自分の故郷を思い出しているのだろう。
遠くを見つめながら、彼もイーガと同じような柔らかな笑みを浮かべている。
「里かー、シオン山から見える初日の出も綺麗なものなのよー」
「へえ、そりゃ見たことないな」
「あれ、アーク見たことないの?勿体ないなあ、そんな遠いところじゃないでしょうに」
「あそこはモンスターが出るって母さんに止められてたんだよ、
頻繁に出入りするなんてククルくらいじゃないのか?」
「な!ち、違うわよ全く失礼ね!!」
隣の窓に仲良く立っているアークとククルは、
お互いを小突き合いながら楽しそうに話している。
二人は故郷が近いと聞いてはいたのできっと通じることはあるのだろう。
ククルは遠くに見える山を指さして、嬉しそうに飛び跳ねる。
「ね!イーガここから初日の出が見えるのよね!」
「そうだな、その場所ならよく見えるぞ」
「わーい楽しみ!」
「僕はじめて見るかもなあ」
「わしも何年ぶりかのう」
「チョンガラは興味なさそうだもんな」
アークがからかうように笑うとチョンガラは少し考える素振りをみせて、腕を組む。
そんなことはないぞ、一年の計は元旦という言葉もあるんでな、
見れる機会があれば見ておきたいとはおもってるんじゃがなあ。
そう言って豪快に笑うと、トッシュが同調するように頷く。
「俺も気が付いたら寝ちまうからな、今年は拝ましてもらうぜ」
「確かに今年は禁酒じゃからお前さんも寝ることはないじゃろうに」
ゴーゲンの一言にトッシュは顔をしかめた。
寺だから仕方ないわねえ、ククルが笑うと、
ゴーゲンも、仕方ないのう、と髭を梳きながら笑顔を浮かべる。
トッシュは一つ舌打ちをすると、手すりに寄りかかり空を見上げた。
その横顔には少しの不満と、しかしそれを打ち消すような穏やかな笑みが浮かんでいる。
「まあ、今年は勘弁してやるか」
「この調子で来年は禁酒したらどうかの?」
「うるせえインチキ親父」
「おお怖い怖い」
チョンガラはさっとポコの後ろに回ると、わざとらしく肩をすくめる。
イーガはそんなチョンガラをみて苦笑を浮かべながら、外へ目線をなげやった。
今年一年いろいろなことがあったな。
激動に動いた自分の人生。
後にも先にもこれほど自分の人生を揺さぶる年はないのだろうな。
いや、未来のことはまだわからないな。
きっとそれでも、未来はきっと、希望に満ちている。
「いろんなことがあったよね、この一年」
「ポコはどんなことが印象に残ってるんだ?」
「うーん、ククルの前衛的な料理かな」
「ちょっとそれどういうことよ!」
ポコの一言に今度はククルが目くじらをたてる。
今度はポコがあわててチョンガラの後ろに回ると
同時に彼の背中をほんの少し押しやった。
チョンガラはうおおおと驚きの声をあげながら
鬼の形相を浮かべた彼女から数歩距離をとる。
そんな光景を見て、
そばにいたゴーゲンは杖で飛び上がりながら嬉しそうな笑い声を上げた。
「ふぉっふぉっふぉ、
なんにせよこうして全員無事で新年を迎えることが出来てよかったよかった」
「ゴーゲンの言うとおりだな」
「それにイーガは自分の故郷で越せるんだから、喜びもひとしおってやつか」
トッシュから声をかけられて、イーガは目線を空から仲間たちへと戻す。
少々不満ながらも嬉しそうに笑みをこぼすトッシュ、
髭を整えながら嬉しそうに仲間を見守るゴーゲン、
壷をかかえながらも満足そうに頷くチョンガラ、
顔いっぱいに笑顔を浮かべながらチョンガラにじゃれるポコ、
そうして照れ笑いを浮かべるククルと、アーク。
各々嬉しそうに顔を綻ばせて、一様にイーガを見つめている。
すこし照れ恥ずかしくなってイーガは目を伏せるが、
すぐに顔を上げてまた彼らを見回した。
遠くの方で鐘が鳴り出した。これが108回鳴り終わると新年が始まる。
「そうだな、こうして全員で新年をここで迎えられることを、幸せに思う」
「堅いねえー」
「ふぉっふぉっふぉ、イーガらしいのう」
「なんじゃいなんじゃい、もっと明るくいかんかい!」
「あーもうチョンガラまた腰痛めるよー!」
「ふふふ!いいじゃない、ね、年明けだもんね!」
「そうだな、皆、来年は今年よりも厳しい年になると思うが」
「やっだアーク!イーガより堅苦しいわよ!」
「そうじゃそうじゃ!もっとゆるうくいかんかい!」
「・・・それもそうだな、来年も、よろしく頼む」
アークがそう言い照れ笑うと、皆が一様にうなずいた。
来年はそうきっと今年よりも厳しい年になるだろう。
世界の運命、人間の世界、去年は想像しないような激動な一年になるだろう。
それでも、やはりこうして年末だけは緩やかな空気で過ごしても
バチは当たらないに違いない。
鐘の音が響いている。今年も後少しで幕を閉じる。願わくば来年も、皆に幸福あれ。