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クリスマス

「ゴーゲンはサンタさんなのー?」
「サンタとな」
「真っ白なおひげのおじいちゃんってきいたの」
「ふむう」

 それは12月24日。世の中がしばしのお祭りムードに包まれる日。
シルバーノアのクルー達はもうサンタを信じる年ではないのだが、唯一彼女だけは違う。
目をきらきらと輝かせながら、
ちょこは杖に乗ってぷかぷかと浮かぶゴーゲンに話しかける。
彼女がぴょんぴょん飛び跳ねる度に
小さいツインテールがまるで猫の耳のようにぴくぴくと跳ねる。
そんなに暴れると埃が舞うぞ、とやんわりと注意すると、
彼女は素直にゴーゲンの言葉に頷いて、大人しく起立した。
そうして右手を高々とあげて、嬉しそうに喋りだす。


「あとねあとね、サンタはお空を飛ぶの!ね!ゴーゲンはサンタなの?」
「残念ながらサンタではないんじゃよ」
「そうなのー……残念」


 ゴーゲンの返答を聞いて、ちょこはしゅんと肩を落としてその場にしゃがみ込んだ。
先ほとのテンションが嘘のよう。いじいじと床に指をこすりつけて、
口をとんがらせている。
まるで台風みたいな子じゃのう、
と思いつつもゴーゲンは飛んでいる高度を少しだけ下げて、ちょこを見下ろした。
申し訳ないのう、とゴーゲンが呟くと、
ちょこはしゃがんだまま浮かんでいるゴーゲンを見上げた。


「ちょこ会いたかったの」
「ほう、なにか欲しいものでもあるのかのう」
「ちょこはね、ないの」
「ちょこは?」


 そう、ちょこはね、ないの。
その眉間は不満そうに顰められており、やはり口はとんがらせたまま言葉を続ける。


「でもね、みんなは欲しい物沢山あるって」
「ほーう」
「あのね、大人だからお願いできないから、ちょこがかわりにお願いしなきゃなの」
「偉いのう、して、誰のお願いを伝えるんじゃ?」


 ううんとね、とちょこはポケットから一枚の紙を取り出す。
くしゃくしゃに折り畳まれたそれの上部には
クレヨンで大きく「サンタさんにお願いリスト!」と書かれている。
その下に書かれているのは個人個人のお願いごとなのだろう。
残念ながらゴーゲンの位置からはそこになにが書かれているかが目視できない。
少し身を乗り出してみようとしたら、
ちょこは手紙を自分の胸元に押し付けてだめ!と叫んだ。


「見ちゃダメなのー!」
「すまんすまん、ところでなんて書いてあるんじゃ?」
「あのねーまずはトッシュはお酒なのー」
「ほう」
「それでねー、エルクは牛乳沢山ほしいんだってー」
「ほうほう、他には」
「シュウはねー何も言わなかったけどエルクがシュウも牛乳欲しいっていってたのー」
「……ほう」
「でもね、トッシュもシュウはお酒がほしいって言ってたからちょこわかんなくなって、
だからシュウには両方プレゼントしなきゃいけないの」


 他には?と促すと彼女は首を傾げて、それでおしまい、と笑顔を浮かべた。
さしずめあの二人が彼女に吹き込んだのだろう。
全く、いたいけな少女の夢を汚しおって。馬鹿者達め。

 ゴーゲンはさらに高度を下げて、地面へ降り立つ。
長いひげを上から下へ梳きながらちょこの前でしゃがみこんだ。
ちょこは不思議そうに首を傾げる。
ゴーゲンは一つウインクを飛ばした後、
内緒じゃよ、と前置きして彼女の耳元へ口を近づける。


「ここだけの話、実はわし、サンタと友達なんじゃよ」
「本当?」
「ほんとじゃとも、だからな、お前さんのお願いを特別に伝えてやろう」
「これじゃだめなの?」


 ちょこは持っていた紙を差し出すが、ゴーゲンは首を横に振る。


「それはお前さんの欲しい物じゃないであろ、ほれ、ちょこは何が欲しい?」
「うーんとね、うーん、うーん」


 ちょこは残念そうに手紙をポケットにしまうと、両手を組んでうんうん唸りだす。
なにがほしい、ちょこのほしいもの、ちょこのほしいもの。
ううん、ううん、と何度目かのうなりを聞いたところで彼女ははっと顔を上げた。


「ちょこのほしいものあった!」
「なにがほしいんじゃ?」
「それはね!」



***


 そうして世界がしんと静まり返る深夜2時。
冬の冷たい隙間風が艦内にもかすかに流れていて、
ゴーゲンは身を縮ませながらゆっくりと進む。
手には小さいが綺麗にラッピングされた箱。
先ほど包装したてのほやほやのものだ。

 ちょこの自室に到着すると、
音を立てないようにそうっと扉を開いて、すやすや眠る彼女の元へ移動する。
幸せそうな寝顔を浮かべている所を見ると、良い夢を見ているみたいじゃな。
ゴーゲンはちょこの枕元に先ほどの箱をそっと置く。
そして箱にラッピングされてあるリボンに
「サンタより、メリークリスマス」というカードをそっと差し込む。
これで準備はオーケー。後は彼女が気付くだけ。


『ちょこね、お花の種が欲しい!』
『ほう、何に使うんじゃ?』
『埋めてね、育ててね、咲いたらみんなにあげるのー!
皆がね嬉しかったらちょこも嬉しいのー!』

「全く、健気な子じゃのう」


 少しはみ出した足にそうっと布団をかぶせてやると、
彼女はくすぐったそうにもぞもぞ動いて、体を丸めた。
おやすみ、心優しき少女よ。
聞こえるか聞こえないか程の声量で呟くと、
音を立てないようにそうっと細心の注意を払いながら彼女の部屋を後にした。