こうしてゆったりとした昼下がりの午後、
二人で過ごしていてもきっと彼は特別な何かは感じないのだろうな。
少しだけ詰めた椅子の感覚、手と手が触れ合う距離にさりげなく伸ばした手、
こうしてささやかで、しかしリーザにとって精一杯の努力をしているにも関わらず、
エルクは先ほどから、先日の戦闘でいかに俺が頑張ったかを力説している。
よくあることだ。
そうして、この大胆に伸ばした手を引っ込めるタイミングを逃していることも、
よくある事だ。
リーザはエルクに困惑を悟られぬように笑顔を繕う。
こうしてきっと、私と話している時間は他の人と過ごす時間と一緒なのだろうな。
私にとってはこんなに特別なのに。
例えば胸が高鳴る瞬間、彼の見せる笑顔、心振るわす声。
その全てが包括されているこの時間はリーザにとって代え難い大切な物であった。
年齢が近いからか、それともこの旅に出るきっかけになったからか
どうかはわからないが、彼がリーザを誘ってこうして談笑をする事は少なくない。
その度リーザの胸は高鳴り、動揺する。
しかし彼女が想像している色恋模様の出来事が起きた事はほんの一回もない。
当初はそんな雰囲気を打破しようとも思ったのだが最近は諦めムード。
しかしそういう雰囲気がなくとも、彼と過ごす時間はとても素敵で幸せな時間。
自分が思っているから相手も思ってほしいなんて傲慢な考えは脱ぎ捨てよう。
先ほどから右手をぶんぶん降って炎のでる動きを再現するエルクの表情は
非常に生き生きとしていて、それを見れるだけで幸せなのだ。
リーザは伸ばしていた手を引っ込めて、エルクに向き直る。
彼が腕を振るたびにポンチョが風に揺れてひらひら舞い踊る。
「こうおっさんが攻撃外すから俺の炎でどかーんと!」
彼は先ほどからずっと、先刻の戦闘の話をしている。
モンスター討伐の最中、目標のモンスターにトッシュが攻撃を仕掛けようとしたら、
敵が最後のあがきと彼に向かって砂を蹴りあげたのだ。
当然接近戦を得意とする彼は巻き上がる砂の中に突っ込んでしまい視界を失う。
その隙にと攻撃を仕掛けようとした敵にエルクが炎を一発お見舞いしたのだ。
こうした誰かのフォローに回って攻撃する事はよくある話なのだが、
今回に限ってはいつも馬鹿にされている相手だけあって
彼の中で非常に特別な体験となったらしい。
よかったねエルク。
そう声をかけると、エルクはきらきらと瞳を輝かせながら、
机に両手をついてリーザに近付く。
そうだろそうだろ!エルクは非常に興奮していて、
彼の鼻息は今にも彼女の前髪を揺らしそうな位荒ぶっている。
思わずリーザは苦笑を浮かべて椅子ごと少しエルクから離れる。
しかし彼はそれを歯牙にもかけない様子で定位置に座り直すと声高々に笑い声を上げた。
「やっぱなあ、おっさんいつも大口叩いてるけど俺のほうが強いんじゃねえかなあ!」
もちろんそんな事は全くない。
双方ともに強いことは間違いないのだがそこはやはり歴戦の差。
しかし彼の功労に水を差す必要もないだろう。
リーザはそうかもね、曖昧な返事を返すと、彼は満足そうに頷いた。
今なら俺おっさんにサシで勝てそうな気がする!やっぱおっさんも歳だからなあ、
なんて本人が聞いたらかすり傷ではすまない爆弾発言をぽんぽんとエルクは投げている。
あ、どうしよう詰めた距離が離れちゃった。
そんなエルクの言葉を聞きながら、彼女は離れた距離分そうっと音を立てずに元の、
いや、先ほどより少しだけエルク側へ椅子を詰める。
きっと彼は気がつかないのだろうけど、そっと机の上に手を置き直す。
何かの弾みで触れたらいいのに。
そんな淡い期待はもちろん叶うわけないのだが、それでも置かずにはいられない。
小心者な彼女の、精一杯のアピール。
そうしてもし触れられたらきっと、恥ずかしさで手を引っ込めるのだろう。
酷く滑稽な事をしていると自覚しているのにどうにもやめられない。
いつか触れてくれたら、その期待が彼女の胸に膨らみ、心を温めた。
理想と現実が彼女の頭の中で跋扈する。
それでも、気がついてくれなくとも、こうして二人で居る時間が好き。
気がついてくれなくても、こうして二人でいれるだけで幸せ。
「やっぱり俺も普段から鍛えてるから……あ、悪い俺話しすぎたか?」
まるで太陽のような笑顔を浮かべながら、エルクは頭を掻く。
そう、これは幸せな時間が終わる合図。
でもね私は、この時間を延長する魔法を、知ってるんだよ。
「そんなことないよ、もっと聞かせて」
そうそれは魔法。彼との時間をもっと長く過ごす為の即効性の魔法。
触れられない手も、距離に気がついてくれなくたっていい。
ただ私はこうして話を聞いてるだけで、幸せなのだから。