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ルッツ誕生日の話

 そういえばもうすぐだったな。
ふと目に入ったカレンダーを見てシェリルは顔を歪ませる。
11月28日。あの馬鹿の誕生日。
ああ、どうしよう、何も浮かばない。
そうして視線をカレンダーから外す。
かれこれ一週間程、同じような動作をしている気がする。
それでもどうしようもないのだ。
あいつが欲しい物なんて、全く見当もつかないのだから。


 ここでうじうじ悩んでも仕方ない、とシェリルは勢いよく立ち上がる。
彼女が座っていた椅子は大きな音を立ててて揺れ、
隣りで本の虫になっていたマーシアが驚いて顔を上げた。


「どうしたの、急に」
「あ、あー……あのさマーシア、ルッツのことなんだけど」
「ルッツ?……ああ、誕生日?」


 シェリルは彼女の言葉に首を縦に振る。
マーシアはカレンダーを見て、そう言えばもうすぐねえ、と暢気に声を上げた。
その後本を閉じて大きく伸び、あくびをしてシェリルに向き直る。


「この前シェリルの誕生日祝ったばっかりな気がするわ」
「誕生日近いからね」
「ふふふ、祝ってもらったからちゃんと返さないと」
「わかってるさ……マーシア」
「なあに」
「あいつの、欲しい物ってなにかわかる?」


 マーシアはシェリルの顔を凝視した。
そうして視線を遠くに投げやって、そうねえ、と言葉を漏らす。
マーシアもわからないのだろうか。
そうだよね、あいつ普段何考えてるかわかんないし。
やっぱりアイテム関連の物がいいのかな。でも下手な物を贈って、
実は俺持ってるんだ、なんて事になるのは避けたいし。
やっぱり誕生日だし、あいつが欲しい物をあげたいというのが素直な気持ちだ。


「ねえシェリル、あなたが思うものをあげたらいいんじゃないかしら」
「あたしが思うもの?」
「きっとルッツならシェリルから貰った物ならなんでも喜んでくれると思うわ」


 そう言いきられた手前反論もできない。
シェリルは困ったように口を閉じて、わかったよ、と一言呟く。
あたしが思うもの、それが見当たらないから困ってるんじゃない。
しかし困惑するシェリルを前にマーシアは穏やかに笑みを零すばかり。
だめだ、これ以上はきっと教えてくれない。
シェリルは肩を落として、彼女に礼を言う。
マーシアはやはり穏やかな笑みを浮かべて答えた。どういたしまして。


「ふふふ、いい物がみつかるといいわね」
「そうだね、努力はしてみるよ」


 そう言い残すとシェリルはある程度のお金をポケットに突っ込んで部屋をでた。
マーシアはそんなシェリルを見送り、そうしてまた読書にふけるのであった。



 まあマーシアはわからないだろうなと踏んでいたからいいとしても、どうしたものか。
一応買い物には困らない額はポケットに入れたはず。
後は品物を見つけるだけなのだが、これがどうも難しい。
ここに来るまでもいろいろ考えてみたのだが、アイテム系は重複を考慮しての除外。
しかしアイテム以外あいつ何をほしがるのだろう。
いっそのこと全く趣味の外れた物を……いやそれはただの嫌がらせだ。

 うんうん唸りながら歩いていると、
視界の隅に木陰でぼうっと空を眺めているテオが映る。
シェリルは組んでいた腕を解いて、テオ、と呼びかける。
すると彼はこちらを向いて立ち上がり、嬉しそうにかけてきた。


「シェリルさん!どうしたんですか?」
「いやまあ、ちょっとね、テオはなにしてたの?」
「空が綺麗だなあって」
「空?」


 テオが空を仰ぐので、シェリルも彼の目線を追うように空を見上げた。
水色のバケツをぶちまけたように空は青く、
ところどころにわたあめのような雲が浮かんでいる。
テオはそれをシェリルの隣りで首が痛くなるんじゃないかと思う程熱心に見上げていた。
そうして、あっと声を上げて空を指差す。


「ほら、あの雲アレクさんにちょっと似てます」
「……ごめん全くわかんない」
「えー、あんなに似てるのになあ」


 子ども特有の鋭い感性というものだろうか。
彼が指をさしたその先を追っても、アレクらしい雲は見当たらない。
一体彼の目にはこの景色がどう映っているのだろうか。
シェリルが首をひねると、テオは空からシェリルに目線をうつして、
ところでどうしたんですか、と同じように首をひねった。


「あのさ、ルッツのことなんだけど」
「またルッツさんと喧嘩したんですか?」
「違うよ!その、もうすぐ誕生日じゃんか」
「あー」


 ここはこの豊かな感性にまかせてみよう。
シェリルが話を切り出すと、テオは少々いやらしい笑みを浮かべて、
彼女の前にストップ、と手を出す。


「だめです、自分で考えてください」
「あたしはまだなにも言ってないじゃない」
「ルッツさんの欲しい物でしょ、知ってても教えません、
それはシェリルさんが考えないと」


 テオの言葉は真剣そのものなのに表情はにやにやと笑みを浮かべている。
なんなんだよ、それ。言葉は違えどマーシアと同じじゃないか。
自分で考えろってこと?思いついたらこんな事聞いてないって!

 そんな悪態を子どもに言えるはずもなく、シェリルは、わかったよ、とひとつため息。
テオは満足そうに首を縦に振って笑顔を浮かべる。
そうです、やっぱりシェリルさんが考えないと。テオが言う。
シェリルはその言葉に苦笑いを浮かべて、ありがとうね、と一言テオに礼を述べた。


「ならちょっと店でも回ってくるかな……そうだテオ」
「なんですか?シェリルさん」
「その、参考にまで聞きたいんだけどテオって何買ったの?」


 シェリルのその言葉にテオはにいと笑顔を浮かべて、


「それは、秘密です!」


 と誇らしげに鼻を鳴らした。


 結局何も思い浮かばないまま市場まできてしまった。
この街の市場は他の街のそれよりも少し規模が大きく、
いろいろな種類の物がそろっている。
ここで何か見つかるといいけど。
シェリルは店の品物を眺めながらふらふらと市場を歩いていく。
しかし一向にピンとくるものがない。
しかしここで調達しないとそろそろ日程的にもまずいことになる。
見つからなければもう一周しよう。
そう決意した頃に、彼女の前方を黒い影が横切った。
あれは、うちのリーダーじゃないか。
片手に紙袋を抱えている所を見ると、どうやら買い出しの途中らしい。
シェリルはアレクの隣りへ回り、彼の名を呼ぶ。


「あれ、シェリルじゃないか」
「奇遇だね、そっか、今日の買い出しアレクだっけ」
「そうそう、全く昨日ルッツが食料をつまみ食いするから
買い出しの品が増えちゃってさ」
「ふうん、手伝おうか?」
「大丈夫だよ、シェリルはどうしたんだ?買い物?」


 シェリルの脳内にマーシアとテオの言葉が蘇る。
ここで相談してもきっと同じような返事が返ってくるだろうな。
だったら適当にごまかして、いや、ごまかす必要はないじゃん。
別にやましい事をしているわけじゃないし!
聞いてみるだけ聞いてみて、でも期待はしないでおくのが一番いいかもしれない。
シェリルは悩みながらも口を開く。


「その、ルッツの誕生日のさ、プレゼントなんだけど」
「ああ、そういえばもうすぐだったな、僕も準備しないと」
「それなんだけどさ……その、何が欲しいとか全く浮かばなくて」


 アレクは目を丸くしてシェリルを見つめる。
そうして数秒、急に何かが破裂したように彼は笑い出した。


「な、なんだよ!あたしが悩むなんておかしい?!」
「いや、おかしくないよ、ちなみに他の人にも相談した?」
「……した」
「やっぱり!」


 アレクは目尻に浮かんだ涙を拭う。
泣く程おかしい?と心証を悪くしたシェリルが呟くと、
ごめんごめん、とアレクが言葉を返す。


「いや、丁度シェリルの誕生日前かな?ルッツも同じ事言ってたなあって」
「ルッツが?」
「あいつの誕生日なにやればいい?なんて今のシェリルと同じようにさ」


 ああ、だから。
妙ににやにやといやらしい笑みを浮かべていたテオのことを思い出す。
あの笑顔はあたしに向けられてたんじゃなくて、思い出し笑いだったのか。


「アレクは、なんて答えたの?」
「そうだなあ、女の人は身につける物をあげると喜ぶ、とだけ言ったかな」
「……だからヘアピンだったんだ」
「そうだと思うよ」


 シェリルは数週間前に貰ったヘアピンと、一連の出来事を思い出して顔を赤くした。
あのヘアピンはなくさないように大切にしまってある。
普段使い出来るとはいうが、
流石にずっとつけていると何時モンスターの血で汚れるかはわからない。
葛藤の末、シェリルの持っている一番上等な箱に、大切にしまう事にしたのだ。


「しっかし、アレクもよくそんな事しってたね」
「まあ、受け売りなんだけどね」
「受け売り?誰の?」
「エルクさん」
「うっわー」


 ということはリーザさんにプレゼントしてるのかな。
シェリルが呟くと、なぜかアレクが若干顔を赤らめながら、
してるんじゃないかな、と呟いた。


「まあでもルッツにも同じ事が言えると思うよ」
「身につけるものってこと?」
「そうそう、ルッツは面倒くさがりだから、
細々した物より身につける物の方がなくさないんじゃないかな」
「あー確かに」


 よいしょ、というかけ声とともにアレクが荷物を持ち直す。
アドバイスはこれくらいでいいかな?そう問う彼にシェリルは力強く頷いた。
身につける物か。そうだな、出来るだけ邪魔にならないものにしよう。


「それじゃ、幸運を祈っとくよ」


 アレクはそう言い残すと、駆け足で市場の奥へ消えていった。
そうか、身につけるものか。それならあたしにも探せそう。
シェリルはポケットの中にはいったお金を握りしめる。
よし、頑張って探すか。折角の誕生日だしね。


***


「ルッツ、はいこれ」
「え、なんだよシェリル急に」
「あんた今日誕生日でしょ、だから、これ」


 そうして誕生日当日。
シェリルはあの後市場を三周してなんとか彼らしいプレゼントを見つけた。
普段使いが出来て、邪魔にならないもの。
きっとこれだとルッツも喜ぶだろうと踏んだ期待半分不安半分のプレゼント。
昨日はそれを小さな箱に詰めてマーシアの指導のもと綺麗にラッピングしたのだ。
そうしてでき上がった力作をつっぱねるようにルッツへ手渡した。
彼はまじまじとそれを見つめて、爆弾?と首を傾げる。


「そんなわけないだろ!」
「じょ、冗談だっての!……あけていい?」
「どうぞ」


 ルッツがプレゼントを開封するのをシェリルはおそるおそる眺めていた。
するするとほどけていくりぼんを見る度、彼女の心臓の鼓動も早くなる。
気に入ってくれるといいけど。
そんな不安が彼女の胸に広がる。

 最後のりぼんをほどいて、ルッツは箱をそうっと開く。
そこには深い緑の髪ゴムと、まだ結ばれていない赤いミサンガが、一本。


「あんたすぐ髪ゴム切れるだろ、だからまあ、そのちょっと強度の強い物をと思って
 ミサンガは、それ、つけるときに願い事を込めながらつけると叶うんだって
 まあ信じないかもしれないけど、一応さ
 ……ルッツ?聞いてる??」


 ルッツは彼女の呼びかけにはっと我に返る。
ルッツは箱の中身と彼女を見比べて、照れ笑いを浮かべた。
彼女の事だから思い浮かばない!ならマーシアと連盟でプレゼントを渡す!
なんて事になると思っていたが、ちゃんと考えて選んでくれるなんて。
ルッツの頭の中に数週間前の自分が映る。
きっとこいつも俺みたいに、困りつつもちゃんと探してくれたんだな。
そう考えるだけで、ルッツの目頭が熱くなる。


「いや、なんか嬉しくって、ありがとな、シェリル」
「別にあたしはルッツがくれたから返しただけで」
「でもいろいろ考えてくれたんだろ?
折角だし髪ゴムは気合い入れるときに使わせてもらうぜ!」
「普段使いじゃなくて?」
「折角シェリルが選んでくれたもんだし大切に使おうと思って、ほら、俺、剛毛だし」


 彼が自身の髪を揺らすと、シェリルは笑みをこぼした。
まあ大切に使ってくれるならそれでいいかな。


「ありがとうな、シェリル」
「やめてよ、照れるじゃないか」
「へえ、シェリルも照れる事があるんだな!」
「ちょっとそれどういう意味だよ」


 うそうそ冗談だってば!ルッツは焦った様子で両手を上げる。
そんな彼を見てシェリルは肩を竦めた。全くこいつは……。
まあ喜んでもらえたならそれでいいかな、悩んだ甲斐あったのかも。


「誕生日おめでと」
「ありがとな」



 その日の夜、彼の腕に緑色のミサンガが結ばれていた。
願掛けですか?と首を傾げるテオに、ルッツは照れながら、秘密!と答える。

 ルッツが何を願ったのかは彼自身しか知らないし
――シェリルがこっそり緑色のミサンガを足につけている事も、
シェリル自身しかしらない小さな秘密。



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シェリル「ところで皆なにをあげたの?」
アレク「しずめる木の実」
テオ「しずめる木の実」
マーシア「しずめる木の実」
シェリル「(レアアイテム的な意味で?それとも……?)」