夕方って心が少しざわつくんだと彼女は笑った。
今日一日の出来事を燃やすように真っ赤に燃えるだろ、あの茜色。
そしてその茜色に染まる鉄くずをみて、不安になるというか、すこし、ざわつくんだよ。
上手く言えないけどさ、怖いとか、恐ろしい感情に似た感覚。
でも、どうしても目が離せないんだよ。あたしらしくない話だけどさ。
窓の外を見ながらシェリルは唐突に呟いた。
彼女の視線の先を見てみると、なるほど。真っ赤に燃えるような町並みが広がっていた。
遠くには豆粒くらいの小さな人の影も見える。
シェリルはそんな景色をただ見下ろしていた。
「まあ逢魔が時なんて言うくらいだからな」
「なにかに出会ってんのかな」
「そうじゃねえの?あっれ!シェリルもしかしてお化けとか信じてんのか?」
「子どもじゃあるまいし」
彼女はルッツの返答を鼻で笑った。
しかしこれは予想の範囲内。
ルッツは笑ってそれをいなし、彼女の隣りに立って同じように外を見渡した。
遠くの方で子どもの声が聞こえる。
じゃあね、また明日。
無邪気な笑い声と聞こえるそれはなぜだか望郷の思いを揺り動かして、
ルッツの胸を締め付ける。
懐かしいな、よくアレクと暗くなるまで遊んだっけ。そういえば姉ちゃん元気かな。
あの村で俺たちの帰りを待っているのだろうなあ。
頭に浮かぶ姉の顔を思い出して、ルッツの胸の締め付けはよりいっそう強くなる。
病気なんてしてなきゃいいけど。村に帰るときはなにかお土産を買って帰ろう。
ルッツは何気なく横を見ると切なそうに街を見下ろすシェリルの横顔があった。
夕日に照らされて少し赤らんだ頬に、ルッツの胸は先ほどとは違う胸の痛みを感じる。
ああ、そうか、ざわつく。確かにざわつく。
きっと彼女がいっている「ざわつき」とは意味の違うものだろうけど、
彼女のその赤らんだ横顔はルッツの心を揺さぶった。
「俺は好きだけど」
「なにが」
「夕日」
ルッツから滑り出た言葉にシェリルは口の端をあげる。
「あんたの事だから夕日に向かって走り出すとかでも言うんでしょ」
よくあるわよね、熱血みたいな。ルッツにはお似合いだよ。
半分どころか7割8割嫌味を織り交ぜて彼女は言葉を吐く。
しかし彼はじいっとシェリルを視界に捕えて離さない。
「そうじゃなくて」
夕日は街を赤く染め上げる。
まるで今日一日の終わりを世界に知らせるように、隅々まで照らし続ける。
シェリルはそれを怖いとか恐ろしいに似ていると表現したが、
ルッツの目にはまるで包み込んでいる優しさのようなものに映った。
そう見えるのはきっと、そもそもその色に好感を持っているからかもしれない。
そう、まるで
「シェリルの髪の色っぽいし」
燃えるような夕日は街を世界を、そうして二人を真っ赤に染め上げる。
きっと彼女の顔が赤く見えるのも、自分の顔が熱いのも全て夕日のせいだ。
そう、こんな事を口走ってしまうのも、全て、夕日のせいだ。
夕日が心をざわつかせるから、きっとこんなに口が滑ってしまうのだ。
「俺は結構好き」