DropFrame

グルガ汁

「毎朝……そ、その俺のみそ汁を作ってくれないか……!!」
「私でよければ承ろう」



 耳をそばだてていたエルクは慌てて身を翻した。
これが世に聞くプロポーズってやつか……?
アークに言われてイーガを探しにきたがどえらいところに居合わせてしまった。
エルクはこっそりと室内の様子を伺う。
場所はイーガの自室。
彼は相変わらず半裸で椅子に座っており、神妙な顔つきで話を聞いている。
相手はグルガ。もはや半裸とも言いがたい、
ふんどし一丁の身なりでイーガの正面に立っている。
普段のエルクならああ何か話しているのだな、
なんて思いながらおかまいなしに話を割って入るのだがそうもいかない。
この重苦しい雰囲気と、先ほどのグルガの言葉。
「俺のみそ汁を作ってくれないか」
いくらの鈍感の彼だってこの意味合いくらい知っている。
いや、知らなかった方が幸せだったのかもしれない、このときに限っては。

 ていうかなんでイーガなんだよ。こいつらそんな関係だったのか?
エルクは気配を殺してそっとドアに近付く。
こうした技術はハンター稼業で身に付いたものだが
まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
様子を見る限りだとイーガは平然と、グルガは少々照れた様子で話し込んでいる。
ということはグルガの片思いが実ったってことか?
え、イーガのどこがいいんだ?大体男?全くの未知の世界に好奇心がふつふつと沸く。


「本当か?!」
「ああ、私でよければ、だが」
「いや、イーガがいいんだ!」


 グルガの言い切りに吹き出しそうになる衝動を必死に押さえた。
イーガがいいってどこに琴線触れたんだよ!あれか堅物好きか?筋肉フェチなのか?
俺の筋肉を触ってくれどうだ固いだろうとかお互い触り合うのか?

 想像が膨らめば膨らむ程エルクの笑いの波が荒ぶる。
大体みそ汁ってなんだよ和風か!味噌みたいな身体しやがって!
髪の毛だってワカメみたいな髪してるし、あれ、そう考えるとイーガは豆腐?
肌白いし、嫌今はグルガが隣りにいるのでさらに白く見えるのもあるんだろうけど。
豆腐か、豆腐ワカメみそ汁か。いや、白みそ?赤みそ?味噌汁コンビか!

 エルクが悶絶しながらも必死に気配を消していると、部屋の方で物音がする。
そろりと部屋を見るとイーガが椅子から立ち上がったようだ。
グルガはそんなイーガを見つめながら、イーガ……なんて乙女のような調子で呟く。
二人の視線が交差した。
半歩、グルガが前に出る。
グルガのほうが頭一つ分大きいので、イーガは彼をは見上げる形になる。
そうしてイーガもしんみりした様子で呟く、グルガ、と。




 エルクはその瞬間身の危険を感じて慌てて踵を返した。
いっけねえ俺いっけねえもん見ちゃったよ!
あれはそうだ、いつかおっさんに見せてもらった本。
もちろん先ほどのような男同士ではなく、
男と女がいちゃつくような本だったのだが、あの本にもこんな光景があった。
男と女、見つめ合ってそうして、濃厚な……、
あやっべ俺今日晩ご飯食えるかな。気持ち悪くなってきた。

 ひとまずアークには適当な事いってごまかそう。
これ以上被害者を増やしてたまるものか。
先ほどの出来事はそっと俺の心に秘めておこう。
そうだ、シルバーノアの平和は俺が守るんだ!きっと俺なら出来る!
そう、それが例えイーガとグルガの恋愛事情であったとしても!



「エルク、そんな怖い顔してどうしたの?」
「りりりっりりりーざ!おおおおう!べ、べつに俺はい、いつも通りだぜ!!」
「変なの、慌てちゃって」



 通りすがったリーザがエルクに声をかける。
その声に慌てふためく彼にくすりとリーザが笑う。
なにか悪戯でもした帰りなの?だめよあんまり皆を困らしちゃ。
口元に手を当てくすくすとリーザが笑う。

 ああ、やっぱこの笑顔癒されるよなあ。
先ほどまでの暑苦し、いや濃厚ななにかを見てしまったせいで失ったものが、
心の中に還ってくる気分だ。
本当可愛い、天使か、天使なのか。エルクの頬が緩む。
そんなエルクを見てリーザもさらに微笑む。
エルクったら変な顔してる。
ふふふ、と笑う彼女の周りはほんのり暖かくて優しい雰囲気に包まれている。
ここにずっといたらあの惨状を忘れる事が出来そうだ。
そう、そうだよ忘れちまえばいいんだ。見なかった事にして忘れちまえばいいんだ。
ほっとエルクの気が緩む。


 だからかもしれない、ぽろりと言葉が漏れたのは。


「味噌汁」
「えっ」


 エルクは自分の失態に気がつき口をつぐむ。
やってしまった、ほんの数秒前に誓いをたてたばかりじゃないか!
なんだってんだ俺の馬鹿!
いやそもそも悪いのはあんなラブシーンを繰り広げているあいつらじゃないのか!
もう!どうしてくれるんだなんて言い訳しようみそしるみそしる、みそ、


「エルクお味噌汁が飲みたいの?」


 きょとん、とした顔でリーザが呟く。
いや、飲みたくない!今は連想するから飲みたくない部類だけど!
喉まででかかった言葉を飲み込んで、エルクは大きく何度も首を縦に振る。


「そうそう!味噌汁が飲みたいなあって、
 いやあ昔よくシュウが作ってくれてたんだけどよお!」
「なあんだ!わかったわ私に任せて!ふふふ!晩ご飯を楽しみにしててね!」


 リーザは固まるエルクの肩を叩いて嬉しそうに台所へ走っていってしまった。
ふわりと彼女のスカートが揺れる。ああ、これがなま足だったらな、
なんてふしだらな考えが頭をよぎる。
だ、だめだそんな、そんな事を考えちゃダメだ!
頭を降って不健康な妄想を頭から追い払う。
ああ、俺疲れてるのかもしれない。
あんな物見ちゃったからな、ちょっと休むか、夕飯まで。

 外はうっすら茜色に染まっていて、
今から一眠りすれば丁度夕食頃に目が覚めるだろう。
まあそうなるときっと夜は眠れないかもしれないが。
いやそれでも、今日はもう休もう。
リーザが味噌汁作ってくれるらしいし、味噌汁、味噌汁かあ食いたくねえなあ……。



***



 リーザが部屋に着たのは、エルクが目覚めたとほぼ同時だった。
ごめん起こしちゃった?としゅんとしおれる彼女に、
いや俺も今起きたところだから、と声をかけてもそもそベッドから這い出る。
そうして辿り着いた台所から漂う味噌の香り。
エルクは空いてる席に腰を下ろしてふうと息を吐く。
隣りの空席はきっとリーザが座るのだろう。
そう考えていると味噌汁をよそって嬉しそうにかけてくる彼女の姿が目に入る。
ああやっぱり天使だ。ほっこりした気持ちで味噌汁を受け取り、
その具を見て取り落としそうになった。


「はいエルクどうぞー」
「(豆腐とわかめだ)」


 ひきつる顔を覗き込む彼女に、
いや本当嬉しい!俺のリクエスト聞いてくれて!超飲みたかった!
俺味噌汁飲みたかったんだ!と言葉を放つと彼女はまた嬉しそうに微笑んだ。


「今日のお味噌汁ね、イーガさんにも手伝ってもらったのよ」
「え?!」
「ふふふ、いっぱい教えてもらっちゃった!」
「いや、私こそまだまだ覚える事はあるものだな」


 前を見ると満足そうに微笑むイーガ。そうしてその隣りには、グルガ。


「おいしいお味噌汁を作りたいんですって、ふふふ、私もまた教えてもらおうかしら!」



 おいしい味噌汁、ふうん、そうかへえ。
エルクの脳裏には思い出したくもない先ほどの、しかもラストシーンが駆け巡る。
振り払おうと前を見ると楽しそうに談笑する二人。
今日に限ってはどうしても……恋人同士が仲良く喋っているそれに見えて仕方ない。
隣りには愛しのリーザ。
彼女は味噌汁の感想を聞きたいのか爛々と輝いた目でこちらを見つめている。
これを、これを飲めというのか……!


「エルク、どうした体調でも悪いのか」


 遠くの方でシュウの声がする。
ああ、今すぐ俺もそっちへ行きたい。
おっさんの隣りはおかずをとられるから極力いきたくないけど
今日に限っては、もうおかずを全て差し出していい。


「シュウ」
「……どうした?」
「俺……立派なハンターになるよ……」


 秘密も守れて、こうしてリーザの期待に応えれるような、立派なハンターになるよ。
味噌汁に映った辛気くさい自分の顔を飲み込むように、
エルクは味噌汁を勢い良く飲み干した。