透明な青、燃えるような赤がきて、そうして全てを包み込む紺色がやってくる。
ぽつりぽつり光りだす星々をそうっと指でなぞると、星座が出来る。
夜は、楽しい。
こうして星々を眺めているだけでも楽しいし、それを誰かに共有するのも楽しい。
「ちょこ、風邪引いちゃうわよ」
「そんなことないのー!ちょこいい子だもん!」
「いい子だったら大人しくこっちへいらっしゃい」
シャンテは夜空の包み込む紺だと、ちょこは思った。
綺麗な星々の後ろで優しく見守っている夜空の紺。
そうして今日の終わりを包み込んでくれる、暖かな夜空だと、そう思った。
シャンテはなかなか窓から離れようとしないちょこの腰を持って窓からひっぺはがす。
ああ!なんて悲痛な声を無視して床におろした。
まったく、どうやってここまで上ったのかしら。
「何見てたの?」
「お星様を見てたの」
「星ねえ」
シャンテはそうっと静かに窓を閉めた。
不平を漏らすようにぶうと彼女は頬を膨らませるが、
このまま窓を明けっ放しにしておいたら艦内が冷えきってしまう。
それに別に窓なんて開けなくても、
天体観測には支障のない程綺麗にガラスは磨かれている。
星なんて久しぶりに見上げたわね。シャンテはしみじみと呟く。
「シャンテは星嫌いなの?」
「違うわよ、そうねえ、なんでかなあ、昔はよく見上げていたわよ」
「今は?」
「そうねえ、こうしてゆっくり見上げるのは久しぶりかもね」
「勿体ないのー!
あのね、ゴーゲンが言ってたけど今日見れたって明日見れるかはわからないんだって」
今見ている星は、私たちが想像しているよりもずっと昔の光なんだよ。
それが長い長い時間をかけてこうして私たちに届いているの。
そういえばアルがまだ小さい頃にそんな説明をして、一緒に空を見上げたっけ。
あの頃は生きるのに必死で、まだ足下もおぼつかない子どもだったな。
生きる為に夜に足を突っ込み、彼と生きる為に歌を歌った。
夜になるとなかなか明けない空に恨みぶつけた事もあったし、
朝になると夜の事を考えて憂鬱になった。
あまり「夜」には良い思い出はないが、
それでも彼と見上げた星空は綺麗に、シャンテの中で輝いていた。
シャンテが星空ではなくどこか遠いところを見つめているのをちょこは感じていた。
そのままどこか遠くへ行ってしまいそうに見えたので、彼女の手をぎゅっと握る。
その手は優しく穏やかな、まるで太陽の日差しのような暖かさだったので、
ちょこは驚いて、あっと声をあげた。
「どうしたの?」
「ううん、あのね、シャンテはお昼の空だね」
「お昼の空?」
「うん、夜の空じゃなくてね、お昼の空」
意図を聞き出そうとしたら、
ちょこはシャンテの手から離れてどこかへ駈けていってしまった。
全く彼女の行動は読めないというか、常軌を逸脱しているというか。
しかしそれも彼女の魅力なんだろうけど。
取り残されたシャンテは近くの椅子を窓の近くへ引っ張ってきて腰を下ろした。
一体どういう意味で言ったのかは見当もつかないのだが、それでも。
「昼の空、ね」
夜は明けたということなのだろうか。
鬱蒼とした夜からまた新しい一日へ。
希望溢れる、昼の空へ。
久しぶりに見上げる空は、あの頃と同じ景色。
いや、きっとあの頃からいくつか星は消え、生まれているのだろう。
そうしてシャンテも、いくつか何かをなくして、手に入れて今ここに居る。
夜の女王から、そうして日の当たる世界へ。
言い得て妙なのかもね。
シャンテは笑いながら指でそっと星座をなぞる。
まるで過去から未来をなぞるように、ゆっくり、ゆっくりと。