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私の可愛い騎士

 世界の暖かさをぐぐっと集めたような日差しに目を細めた。
パンディットは数年前の大冒険を経て、今はここフォレスタモールで骨休めをしている。
相棒でどこかそそっかしいリーザを護る騎士なので、
こうして休んでいる間も決して訓練は怠らない。
今日だって勝手に牧場を飛び回る忌まわしいチョウチョを追い出してやったし、
怪しいモンスターがいたので一吠えしてやった。
当たり前だ。だって俺は彼女の騎士なのだから。決して任務を怠ったりはしない。

 今日はおだやかな一日になりそう、とリーザが笑っていた。
穏やかだって、全くこれだから彼女はだめだ。
穏やかな一日は決して何もないところからは生まれない。
陰ながら俺が守ってやっていることに彼女は気がついていないだろう。
しかしそれでいいのだ。ヒーローとは、騎士とはそうあるべきなのだから。
パンディットは彼女にがう、と高らかに返事をするといつもの持ち場についた。
家の入り口のすぐ隣り。
それがパンディットの持ち場であり、所謂「見張り場」だ。


***


 リーザは今日もいい天気ね、と笑いながら洗濯物を干していた。
パンディットはその姿をじっと見つめている。
これは見とれているわけではない。彼女を観察しているのだ。
体調が悪くないか、なにかおかしな点はないか。
もちろん彼女自身だけではなくこの牧場全体に関してもそうだ。
パンディットの任務は彼女の身を守る事。
ひいては彼女の大切にしているこの土地を守る事である。
彼の責任は重大だ。

 突然、空から黒い影が降ってきたと思ったら、
蜂が一匹洗濯物籠に収まっているシーツの中にまぎれてしまった。
このままではリーザが刺されてしまう。
パンディットは大冒険でならした俊足で洗濯物籠にタックルをする。
はじけ飛ぶシーツの中から、
慌てて逃げ出そうとしている蜂の影をパンディットは見逃さない。
素早く目標を定め足で踏みつぶす。
ふう、これで危険は一つ去った。
甚大な被害が出てしまったが、彼女が怪我をするよりはましである。

 しかしその気持ちは彼女には届かない。
干そうと綺麗にたたんでいた洗濯物は無惨に地面へと落ち、
泥まみれになってしまったからだ。


「こら!だめじゃない悪戯しちゃ!!」


 しかしここで弁明をするなんて醜い真似はしない。
パンディットは前足で蜂をすりつぶして、彼女に謝罪の意を示す。
ごめん、と頭を垂れると彼女もわかってくれたのか、
もう次はしないでね、と肩をすくめるだけで許してくれた。
全く、騎士とは報われないものである。
しかし彼女が怪我をしなくて本当に良かった。それだけで十分である。


***


 夕方、日が傾いてきた頃でもパンディットの仕事は終わらない。
この時間になると夜行性の獣達がのそりのそりと起きてくるからだ。
警戒の糸をゆるめない、一瞬の油断が彼女の命取りになるのをよく知っているからだ。


「おおい、パンディットー」


 そんな中遠くの方で自分の名を呼ぶ声がした。
顔を上げるとオレンジマントを羽織ったつんつんが向こうからやってくる。
彼はエルク。前述の大冒険を繰り広げた言わば戦友である。
わおん、と一鳴きすると、彼は小走りでやってきた。

 あの頃、エルクはいつも赤毛の剣士と前線を張っていた
言わば特攻隊のようなポジションだった。
強さは自分に引けも劣らない。
いやでもやはり俺のほうが少しだけ強い気がするが、それはそっと胸に秘めておこう。
騎士というのはやたらめったら自分の力を誇示しないものだと、
パンディットは知っていたからだ。


「よしよし、元気だったか」
「わう!」
「そうかそうか」


 エルクは日の光を十分に浴びたパンディットのたてがみをなで回した。
たてがみはまだお昼の太陽の暖かさがかすかに残っている。
いきなりなで回すなんて無礼なやつだ、
とパンディットはエルクを見るが、どうにも悪い気はしない。
憎めないとはこういうやつの事を言うのだろう。


「リーザは中にいるんだろ、一緒にはいろうぜ」


 エルクは立ち上がり、大きく伸びをした。
全く、あの頃よりも図体は大きくなったのに一人で家の中に入れないのか。
しかしこうして旧友を迎え入れるのも立派な騎士の役目だろう。
そしてそれをもてなすのも、大切な任務の一つだ。
パンディットも同じように大きく伸びをして、彼の前に立ちふさがった。
そしてエルクを一瞥して、ドアを押した。
今日の任務はやっかいなことになりそうだと、小さな予感を秘めながら。