花のにおいがしたとエルクは思った。
艦内に広がる甘ったるい香りと共にかすかに花の香りがした。
つうんとした強烈なものではなく、優しい柔らかな香りだ。
エルクはその香りになぜだかリーザを思い出して、ぽぽぽと顔を赤くする。
どうしてだろう最近彼女のことを考えるとどうも冷静になれない。
トッシュに相談してもおもしろがって笑うとばすばかりで何の役にもたたない。
やはり剣客は剣しかふるえないのか。
そうエルクが言うと青筋をたてた剣客はいっぱつ彼の頭にげんこつをお見舞いした。
それが数日前の話。
なんでリーザの事を思い出しておっさんのことを思い出したのだろう。
全く胸くそが悪い。
そうして花の蜜に誘われるミツバチのようにふらふらと香りをたどっていくと
台所に到着した。
どうやらここから漂っているようだ。
ちらりと中をのぞくと困ったように眉をひそめたリーザの横顔が見えた。
どきりと跳ね上がる心臓を悟られぬよう、二三深呼吸して彼女に話しかける。
「よう、どうしたんだ」
「ひゃ!エルク……ううん、あのね」
彼女は困ったように机に目線を投げた。
そこには皿に盛られている大量のクッキー。
どうやら先ほどの狂おしい程の甘ったるいにおいはここから発せられたものらしい。
そうして彼女を困らせているのもこのクッキーのようだ。
「クッキーを久しぶりに作ってみたんだけど、その、甘くなりすぎて」
「甘くなりすぎて?」
「うん、サニアさんにも食べてもらったんだけどやっぱり甘いって……」
私も味見したんだけどちょっとこれは甘すぎるわ。
リーザは頬に手を当ててふうと息を吐く。
「ちょこちゃんにあげようと思ったんだけど、どうしようかなこれ」
「ふうん、じゃあ一枚」
「あ、ちょっとエルク!」
ひょいと一枚持ち上げてみる。
どこからどう見ても何の変哲もない、
焦げ目もついてないしむしろ見た目はおいしそうなクッキーに違いない。
焦るリーザを尻目にエルクは口の中へ放り込む。
たしかに少々甘くはあるが、そこまで苦言を呈するものではないだろう。
それに。エルクは租借しながら思う。どこからか、柔らかな花のにおいがする。
昔シュウに振る舞ってもらったクッキーも甘かったが、こんな花の香りはしなかった。
エルクはもう一枚クッキーをつまみ上げる。
口に運ぶ。食べる。食べる。
「む、無理しないでいいのよ!」
十数枚食べたところで耐えかねたリーザが静止をかける。
どうやら無理して食べてると思っていたらしい。
「うーん、確かにちょっと甘いけど俺は別においしいとおもうけどなあ」
「……本当に?」
「なんかシュウのつくるやつよりおいしい、花の味がする」
そう言い放つとまるで花開くようにリーザの顔が明るくなる。
本当?本当無理してない?嘘じゃない?
浴びせられる質問の猛攻に、本当だよ、と答えつつまたクッキーを口に運ぶ。
そうして彼女の質問が終わる頃にはお皿は綺麗な空になっていて、
部屋中を満たす甘い花の香りも大分薄まってきた。
「あ、悪い食っちまった」
「ううん、でもエルクが褒めてくれて嬉しかった」
「いや、もし良かったらまた作ってくんねえ?俺これ好きだわ」
「……うん!作るね!!」
笑う彼女の顔に跳ね上がる心臓。
ばれないように平静を装いながら、楽しみにしてるよ、とエルクは笑みをこぼした。