prrrrr….
「はい、あ、お世話になっております、はい、はい少々お待ちください……
申し訳ありませんアークは今席を外しております、はい、はいわかりました……」
がちゃり、と電話を切ると共にククルはため息を吐く。
チャットのウィンドウに彼の名前は映っていない。
打ち合わせなのか、どこかへ出かけているのか。
昼食のステータスの表示がないので、当分は戻ってこないだろう。
電話ありましたよ、と仕事上なので一応敬語でメッセージを打つ。
来週の打ち合わせの件です、夕方頃にもう一度かけ直してくれるみたいですよ。
入社当初は慣れなかったキーボード入力も、数年経てばお手の物だ。
送信して、手を止めていた書類整理へと頭を切り替える。
今脇においてある膨大な資料を、今日の夕方までに纏めなければならない。
最悪リーザにヘルプを頼もうとは思ってはいるのだが、
出来るところまでは自分でやりたい。
書類とディスプレイ、交互に目線を移す。ここはこう、この数値で。
だから合計はこうなって。
丁度飲み物でも飲もうと思った頃、
画面右下に小さなウィンドウが表示されている事に気がつく。
どうやらメッセージが返ってきたらしい。
チャットに名前がないところを見ると社外なのか。
しかし流石アーク部長、メールチェックは頻繁なのね。
ククルは書類から目を離して、マウスカーソルをそろそろとウィンドウに向ける。
「from.アーク
ありがとう、電話の件了解しました。
こちらからかけ直すよ。
ところでこのお礼にランチでもどう?
今日は天気もいいし外で食べよう」
お礼だなんて口実なくせに。
しかし、ランチかあ。そういえばアークとお昼なんて久しぶりかもしれない。
社内公認の仲だが、アークはなかなか忙しいので時間が合わないのだ。
心を躍らせながら返信ボタンを押す。
「from.ククル
わかりました、内容もお伝えしたいですしランチ行きましょうか
そろそろ会社に戻られますか?」
「from.アーク
そうだね、食べてから戻ろうかな
もうすぐ電車に乗るから、そうだなあ13時に駅前ね
財布は持ってこなくていいから」
まあ、年下のくせに生意気な!
ククルは返信する手をとめて時計を見た。
12:40。これなら直接文句を言った方が早いわね。
チャットのステータスを「昼食」に変えて、社員証を服の中に隠して席を立つ。
財布は意地でも持っていく。
全く!しょうもない事ばかり覚えてくるのだから!
「あれ、ククルさん昼食ですか?」
「今日は早めにとろうと思って」
いいですねえ、と部下のリーザが微笑む。
「なんだか嬉しそうですね」
「え!そう見える?」
「ふふふ、ニコニコしてらっしゃったんで、いいお店でも見つけたんですか?」
「ううん、そういうわけじゃ……」
「あっでもいいお店じゃなくてもアーク部長と食べるご飯は
おいしいってことですかね!」
「……んもう!」
からかうリーザにそう言う意味じゃないわよ、とそっぽを向く。
しかし、窓に映る自分の口元は見事に緩んでいて説得力の欠片もない。
まいったなあ、たかが昼食なのに、こんなに緩んでいるなんて。
「書類整理、返ってから手伝いますからゆっくりしてきてくださいね」
「……忘れないでよその言葉」
「ええ!」
笑顔で頷く彼女を見て、ククルは飛び出すように会社を出た。
全くアークにしろリーザにしろ年上をなんだと思っているのかしら!もう!
緩む口元をひきしめてククルは駅へ向かった。
浮ついた気持ちを決して悟られぬように。