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シェリルの誕生日を祝う話

「お誕生日おめでとうシェリル!」
「う、わいきなりなに!朝からなに……」


 マーシアの少し乱暴な目覚ましで、シェリルは目を覚ました。
寝起きなので頭がいまいち回らないが、そこにマーシアがいる事、
そうしてなぜか上機嫌な事を認識するとようやく身を起こした。
ぼさぼさの髪を乱暴にかいて、大きくあくびをする。
もう、女の子なんだから!なんて耳にタコができる程聞いた苦言をかわしながら
カレンダーを見る。


「あ、そうか、今日はあたしの誕生日か」
「やだ忘れてたのシェリル」
「忘れてたっていうか、へえ、ふうん」


***


 寝起きの頭を叩き起こすように顔を洗って、身支度を整える。
そっか今日はあたしの誕生日か。
つい最近までは覚えていたのだけれど、
日が近付くにつれ頭の片隅に追いやられていたらしい。
もう誕生日を祝われないとふてくされるような歳ではないが、
やはりこうしておめでとうと言ってもらえることは嬉しい。
しっかし肌寒い季節になってきたのでこうして水で顔を洗うのも辛くなってきたなあ。
こればかりはしょうがないか。
ぴりぴりする肌をタオルで暖めながらシェリルは机の上に置いた可愛いヘアピンを見る。
マーシアが今朝、プレゼントにくれたものだ。
こういう小物を選ぶところがやはりマーシアらしい。
あたしにはない、女の子の一面。

 ヘアピンを持って鏡の前に立つ。
試しにつけてみると、本当にあたしらしくない話だけど、
すこしだけ女の子らしく見える気がする。
プレゼントを開けた瞬間は似合わないと思っていたけど、
実際につけてみるとそうでもない。
ヘアピンはシェリルの赤い髪に映える白色の、小花が沢山ついた可愛らしいものだった。
沢山ついた、といっても別段派手派手しいものではない。
こういうさりげないものを選んでくるあたり、彼女の配慮を感じる。
このくらいだったら、つけても大丈夫だよね。



 そうして洗面所から出るとにこにこ笑みを浮かべたマーシアが待ち構えていた。
シェリルの髪を止めているヘアピンを見ると、彼女はさらに喜色を露にした。


「私の見立てはどうかしら?」
「あ、ありがとね、気に入ったよ」
「ふふ、大切にしてね、似合ってなによりだわ」


 あたしは普段こういうの買わないけど、これなら私にもつけられそう。
シェリルが顔を真っ赤にしながらそう言うと、
マーシアは、そうなのそうなの、とまるで背景に花を散らすような
顔いっぱいの笑みを浮かべながら彼女の話に相づちを打つ。


「本当に気に入ってくれたのね!今日は一日つけてくれるのかしら」
「折角だからね、つけさせてもらうよ」


 マーシアはやはり嬉しそうに頷いた。
そんなに自分のあげたプレゼントがあたしの好みに的中してうれしいのだろうか。
少々不思議に思いながらも、シェリルとマーシアは朝食をとりに食堂へ降りた。


***


「シェリルさんお誕生日おめでとうございますー!」


 食堂に降りたらテオの弾んだ声が一番に響いた。
後から遅れてアレクがおめでとう、と照れくさそうに笑って、
ルッツがめでたいめでたい、なんて騒ぎだす。
嬉しいけれどなんだか照れくさい。
こうして盛大に祝われるのなんて、あまり慣れてないし。

 立ち尽くしているとマーシアがシェリルの肩をぽんと叩く。
座りましょ、ご飯が冷めちゃうわ。
そうしてウィンクする彼女の後を追ってシェリルも席に着く。
テーブルの上にはとてもいつもの朝食とは思えない豪勢な食事に、
小さなケーキも用意されていた。


「あ!ちゃんと夜にもケーキありますからね!」
「それはテオが食べたいだけじゃないのかしら?」
「そんな事ないですよ!」


 マーシアの一言にテオはぷうと頬を膨らませた。
でも食べれるときに食べたいよな、
なんてルッツのフォローかフォローじゃないかわからない言葉に
そうですよね!とテオは大きく頷く。
普段は大人ぶっているがやはりこういうところは子どもだな。
シェリルはそう考えながらおかずに手を伸ばす。
よくよく見ると今朝のおかずはどれもシェリルが好んで食べているものばかり。
こういうところも気遣ってくれるのか。じいんと胸に暖かい感動が広がった。


「あ、シェリルさんこれプレゼントです!」


 テオがおもむろに紙袋をシェリルに差し出した。
まさかこのタイミングで貰えるとは思ってなかったので多少面食らってしまったが、
シェリルは微笑みそれを受け取る。


「へえ、手袋?」
「シェリルさんの、穴空きそうだったので丁度いいなと思って!」
「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」


 テオに言われて気がついたが確かに指先の革が薄くなってきている。
少しでも爪をたてたら穴があいてしまいそうだ。
そうだな、折角だし部屋に戻ったら付け替えるか。
ありがとうね、ともう一度礼を言って、テオから貰った手袋を脇に置く。


「じゃあ僕からはこれ」
「わ、マフラー!」
「もうすぐ寒くなるだろ、季節もの出し丁度いいかなって」


 アレクが取り出したのは落ち着いた淡い朱色のマフラー。
女の子らしいピンクではなく、こういった落ち着いた色を選んでくるあたりが彼らしい。
ありがとうね、と言うと、彼は照れたように頭を掻いた。


「じゃあ俺からはこれ」
「……石?」


 そうして最後にルッツが差し出したのは、まあるい石だった。
しかも変哲のない、そこらへんに落ちてそうな風貌の。
どういう意図なの、とルッツを見ると、なぜだか困ったように彼も目線を逸らす。


「なにこれ?石?」
「えっとなあ、レアアイテムだよ!そうレアアイテム!!えっと効能は確か」
「魔力が増幅するのよね、ルッツ」
「そ、そうそうそうだよ」


 そんなとってつけたように言われても。
シェリルは不審に感じたが、しかしルッツの目利き能力は時々目を見張るものがある。
きっと彼がレアアイテム、と言い張るならそうなのだろう。
もちろん、貰ったこと自体は嬉しいので、ありがとう、と小さく呟く。
これはお守りみたいに首から下げておけば良いのだろうか。
手の中にある丸い石をじいっと見つめる。


「どうしたの?シェリル」


 マーシアが心配そうに声をかける。
シェリルははっと我に返り石をマフラーの上にちょこんとのせる。


「いや、身につけるものなのか、大切に持っておくものなのかと思って」
「小さく穴をあけてネックレスにしたらどうかしら?身につけないと効力が出ないわよ」
「へえ、そういうもんなの?」
「そうよ」

「あ!シェリルさんヘアピン!可愛いですね!!」


 この少し困惑した空気を打開しようと思ったのか、
テオがシェリルのヘアピンを指差して声を上げる。
へえ、どれどれ見せて。
便乗するようにアレクも椅子から立ち上がり
シェリルのヘアピンが見える位置まで移動する。


「ああ、マーシアから今朝貰ったんだ」
「へえ!似合ってるな!」
「あたしが言うのもなんだけど、こういうのって自分でなかなか買えないしさ、
似合うものを見つけるのも大変だし」


 だからマーシアがくれてすごい嬉しいんだ。
このくらいの飾りならあたしでも使えそうだし。
飾りもそこまで派手じゃないし、
自分で言うのもなんだけど色だってあたしの髪に合うだろ。
ちゃんと考えてくれてるんだなって嬉しくなったんだ。
これならいつでも使えそうだし。
もちろん手袋だってマフラーだって大切に使わせてもらうよ。
あとこの石も。穴をあけてもいい?

 ちょっと饒舌になりつつもシェリルがルッツを見ると、
彼は惚けた様子でシェリルを見ていた。
ルッツ?と声をかけると彼は、はっとしたようにシェリルを見て、
なんだっけ、ととぼけて聞き返す。


「だから、穴開けていいかって聞いてんの」
「ああ、なら俺がやっておくよ、今日の夜にもっぺん渡す」


 そういうとルッツは石をもってそそくさと出て行ってしまった。
一体どうしたのだろう、とテオとアレクが顔を見合わせて首をひねる。
シェリルも、同じように首をひねったが、
ただ一人、マーシアだけはにこにこと、そんな彼らを見守っていた。



***


 朝食もそこそこに自室にもどったシェリルは、ベッドに座って早速手袋を取り替える。
一体何時調べたのかはわからないが、
手袋のサイズはぴったり彼女の手のひらに合っていた。
まだ新品だからか革はまだ固いが直に馴染むだろう。

 そうしながらも、シェリルの脳裏には
あの最後に不審な行動をとっていたルッツの姿が離れなかった。
一体どうしたのだろうあいつは。
もしかしてあたし失礼なこと言ってしまったのかな。

 ううん、と唸っているとマーシアがシェリルの隣りに腰を下ろした。
ルッツのこと?マーシアの問いにシェリルは頷く。


「口止めされてたけど言っちゃおうかしら」
「なんのこと?」
「実はね,あの石私からのプレゼントなの」
「え!」
「あまり誰かの誕生日を祝ったりした事がなかったから、
何をあげれば良いかわからなくて」


 確かに、マーシアのプレゼントならしっくりくる。
魔力増幅の石、なんてよくよく考えたら彼女らしい贈り物じゃないか。


「でね、そのヘアピンなんだけどね」
「まさか」
「そのまさかよ、
きっとシェリルがそこまで気に入るなんて思ってなかったんじゃないかしらねえ」
「あ!!!」


 思い返すのは先ほどの食事時。ルッツが出て行く少し前の話。
てっきりマーシアから貰ったものだと思ってべた褒めした、
ちいさな可愛いヘアピンの話。


「あたし!あの時なんて言ったっけ!」
「ふふふ!秘密よー、ルッツ嬉しかったでしょうねー、
普段あんなに褒められる事はないでしょうし」
「うわあもうなしなし!さっきのなし!!」
「聞こえないわねえー」


 夜が楽しみねえ、マーシアが嬉しそうに笑う。
そうか、朝から感じていた違和感はこれだったのか!
恥ずかしいやら照れるやら、
シェリルは真っ赤に染まった顔を枕に押し付けてひとりでうんうん唸った。


 まだまだ、誕生日ははじまったばかり。



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「アレクさん、アレクさん」
「どうした?」
「シェリルさんのマフラー、なんで赤色にしたんですか?」
「ああ、あれか。あれを頭に巻けばエルクさんみたいになれるかなって」
「(それ需要あるのアレクさんくらいじゃないかなあ)」