ん、と短い言葉とともに差し出された棒チョコ。
くれるのか、とシュウが手を伸ばすとエルクがあわててそれをひっこめる。
「……どうしたいんだ」
「ポッキーゲームしたい」
「どこでそんな言葉覚えてきた」
「この前、ギルドのお兄ちゃん達が」
あいつら、とシュウは心の中で舌を打つ。
そういえばこの前仕事で少し遠出しなくてはならない事があり
――特別親しいわけではないが――
信用に足るギルドの受付に数日エルクを預けたことがある。
その際に聞いたのだろう。
あいつら、よくもしょうもない事を教えてくれたな。
「仲いい人とやるらしいよ」
「仲がいいって……それは」
「シュウと俺、仲良くないのか?」
その「仲がいい」は多少違う意味だと説明してもきっとエルクにはまだわからない。
それに、こう差し出されたらきっとチョコをくわえるまで強情に粘るのだろう、
こいつは。
少しずつ暮らしてわかってきたこと、エルクは少々、頑固だということ。
「わかった、やろうか」
「やったー!はい、シュウ」
適当なとこで折ってやればいいだろう。
受け取った棒チョコを口にくわえようとすると、エルクの顔がなぜか曇った。
どうした、なんだ、なにが気に入らないんだ。
「……俺、ちょこのほうがいい」
なるほど。
チョコの付いていないほうをくわえてエルクの方へさしだすと、
彼は嬉々として棒チョコに食いついてきた。
瞬間、ぱきり、と小気味のよい音をたてて某チョコが折れる。
どうやらエルクがへし折ったらしい。
失敗したのか、とシュウがエルクを見やると、彼はなぜか誇らしげに鼻をならしている。
「もう一回!」
「……もう一回?」
「今は俺の勝ちだから、もっかいやる」
「勝ち?」
ポッキーゲームに勝ち負けなんてあっただろうか。
シュウが口元に残ったビスケット部分を頬張りながら考えていると、
新しいチョコを出したエルクが嬉しそうに口を開いた。
「長く残っていたほうが勝ちなんだぜ!」
もっかい!とせがむ彼の姿に心をなで下ろしながら、
しかしいつかは本当の事を教えなきゃいけないんだろうなと
頭の片隅で考えながら、シュウは新たな棒チョコを口に加えた。
***
「昔エルクとポッキーゲームをしたことがあってな」
「げえ!俺とシュウが?!冗談じゃねえよ男同士で」
「何を言っている、あの日は夜通しさせられたんだぞ、
俺の方が冗談じゃないとおもったさ」
「はは!なんだエルク、リーザの事が好きかと思ってたがそっちの気もあったか!」
「ああ?!おっさんと一緒にすんなよ!」
「なんだあ?俺もそっちの気はねえよ!」
「俺はてっきりそんな歳まで結婚してねえからそっちの気があると思っていたね!」
「ほう……?やんのかこら」
「受けて立とうじゃねえか!」
「全くお前らはすぐ……」
口論をはじめるトッシュとエルクを見て、シュウは一つため息を吐いた。
しかしそれにしても懐かしいものだな。
あれから数年、エルクも随分成長したものだ。
あの日は結局彼の気がすむまで付き合ったのだが。
からん、と水割りの氷がゆれる。
きっといつかこいつにも、そういう事をする人が現れるのだろうな。
いや、そういう事をしないにしても、「仲良くなった」人がきっと現れる。
少し寂しい気もするが、そのときが少し楽しみな気もする。
未だにぎゃあぎゃあ騒いでいるトッシュとエルクを見ながら
シュウは持っていたお酒に手をつけた。
それはいつもより少し、ほろ苦い味だった。