ゆっくりと暖かな湯につかるような安心感があると言ったら、
ククルは本当におやじくさいわねえと笑った。
別に親父臭いわけじゃないさ、君の方が年上だろう。
俺の反論にククルが表情を崩す。
あれ、これは褒められて嬉しいときの顔だ。
別に大人っぽいって言ってるわけじゃないんだけど。
「ま、まあ私の方が年上だし?大人っぽいし?」
「そこまで言ってないけど」
「でももっと他の表現の仕方があるでしょうが」
「我が家に帰ってきた、とか」
「我が家って、神殿が?」
もうちょっと家って暖かみがあるものじゃない?ククルがそっと石柱を撫でる。
真似して石柱に触れるとまるで氷のように冷たい。
流石にこんな我が家は嫌だなあ。
そう口にすると私もよ、とククルが笑う。
「でも住んでるんだよな」
「住んでるけど、ほら、職場って解釈もできるじゃない」
「職場ねえ」
職場にしちゃあ寂れてるなあ、俺の呟きに彼女も無邪気に笑う。
そういえば離れてからこうしてククルの無邪気な笑顔を見る事も少なくなったなあ。
ちょっと前までは少しの事に一喜一憂して、
そんな彼女も可愛いなあと思っていたのだけど、
いつのまにか真剣な顔で封印と向き合う事が多くなって。
俺たちも辛い事はたくさんあるけど彼女も彼女なりの辛い事があるのだろうな。
そこまで考えが巡ったなら一つねぎらいの言葉でもかけるべきなのだろうが、
なぜだか勝ち誇る彼女の顔が憎らしくて、その頬を両手で挟む。
まんじゅうのようにつぶれた口から、アーク!と怒号が飛んでくる。
この顔、皆に見せたらどう思うだろう。
特にククルを大人の女性!とか、しとやかだ!など
賛美しているリーザあたりに見せて反応を見たいなあ。
そんな事を考えていたらククルが歯をがちがちならして来たのであわてて手を離した。
多分噛んでた。この子放っておいたら本気で噛んでた。
「もう!なんてことするのよ!」
「ごめんごめん、可愛い顔が台無しになるな」
「か、かか可愛いかは別としても!酷いじゃないいきなり顔を潰すなんて!」
お返しといわんばかりにククルは俺の頬をつねる。
彼女は手加減というものが苦手なので、非常に痛い。
ごめんごめん!痛い痛い!とうっすら涙目で訴えると、
彼女は、私も同じ気持ちだったのよ!と吐き捨てた。
うんでもきっと違う。
彼女のつねりは多分そこいらのモンスターをつぶす程度はできるんじゃないかな、
なんて口が避けても言わないけど。
いやこのままだと本当に口が裂けてしまうわけだが。
満足したのか彼女が俺の頬から手を離す。
そうして、ふん、と鼻を一つならしそっぽを向いてしまった。
「大体アークが変な事言うから!」
「可愛いって?」
「……ああもう照れるじゃない!」
そう言うところが可愛いんだけどなあ。
赤くなっているであろう頬をさすりながら、彼女の背中を見つめる。
いつのまにか正装に身を包んで、
一人でこうしてわがままも言えず寂しく過ごしているのだろうか。
ごめんねいつも、寂しい思いさせて。
伝えられたら楽なのだろうけど、今はまだ伝えられない。
だってこれが、俺たちの役目なのだから。
「ああ!でもアーク!!ここ良いところもあるのよ」
しんみり感傷に浸る空気を壊すかのように
彼女は顔いっぱい笑顔を浮かべて振り返った。
なんだよ、と俺が聞くと、彼女は嬉しそうに言葉を紡いだ。
「アークが来てくれる事!」
不意打ちの言葉に心臓が跳ね上がる。
「な、なな、」
思わず口からこぼれる迷走した言葉の切れ端を聞いて、ククルは嬉しそうに微笑んだ。
そうそれはまるで悪戯を成功させた、子どものような笑顔で。
「ふふふ、さっきの仕返しよ!」