DropFrame

「私を思って」

 いやあククルって本当に女の子らしい事が苦手なんだなあ。
昼間、アークに言われた言葉が脳内でリフレインする。
多分悪気があって言っているわけではないのだろうが、
どうやら彼にそう思われているらしい、私は。
確かに暖かい編み物なんて出来っこないし、おいしい料理も作れやしない。
こう考えるとなんで私ってオンナノコに生まれてきたんだろうなあと悩む事もある。
そこいらの男よりは腕っ節が強い自信もあるし、
こう見えても素早いし、多少なら武道の心得だってある。

でももし私が男の子だったら今のこの感情は、
今この抱いている感情は感じているものよりもさらに複雑なものになるんだろうと思うと
やはり女の子でよかったんじゃないかなとも思う。
ぐるぐると変わる心模様に自分でもうんざりしてきて、
そっとシルバーノアを飛び出した。
女の子がこんな時間に!
なんてばれたらポコの小言が飛んできそうだけど、ばれなきゃ良い話だ。
ほんの少しだけ散歩、月夜の下で、一人で、ひっそり。


 風が心地よい夜だった。
艦内も過ごしやすいといえば過ごしやすいのだが、
やはりこう外に出ているほうが性に合っていると感じる。
元々活発に外を走り回るような性分だ。
 世界中を巡るようになって勝手にこうして抜け出す回数は激減したのだが、
それでもやはりやめられない。
ククルは森の中で眠っている獣達を起こさないように慎重に木々を抜けて行った。
鬱蒼と茂った木々は少し故郷を思い出させるような面持ちがあり、
どこか懐かしく、せつない。

木々を縫うように歩いていると、少し先に森の切れ目が見えた。
どうやらここからどこかへ抜けれるらしい。
獣のねぐらでありませんように、と辺りを警戒しながら足を速める。


 森を抜けると、そこは小さな広場になっていた。
眼下にはシロツメクサが白い絨毯のように広がっている。
先ほどの森とは打って違う姿に、うわあ、綺麗!と思わず声が飛び出す。
まるでここだけ雪化粧しているみたい。
うっとり見とれていると、嬢ちゃん、と遠くから聞き慣れた声が聞こえた。
思わず身を固くして振り返ると、
遠くの方でトッシュが切り株に腰を下ろしているのが見える。


「なに夜中に抜け出してんだ」
「……トッシュ?なんで?」
「なんでってなあ、その、まあ、うん」


 こっそり酒でも飲んでいるのかと思ったのだが、彼の腰に徳利はない。
珍しい事もあるもんだなあ、
とじいっとトッシュを見ていると、彼はククルに手招きする。


「抜け出したこと黙っててやるから、お前も黙っておけよ」
「トッシュがここにいること?ところでなにしてたの」
「……見りゃわかるだろ」


 彼に近づいてみると、彼の足下に無惨に抜かれたシロツメクサがある事に気がつく。
どうやら近くに生えていたものを抜いたらしい、
トッシュの右後方だけぽっかり地面が見えている。


「……花占い?」
「馬鹿!花冠だよ花冠!」
「花冠んん?!え、なんでそんな!」
「ちょこに頼まれたんだよあいつ、めざとくこの場所を見つけやがって全く……」


 やれやれと肩を落とす彼の姿は、
いつもの殺気立っている雰囲気は微塵も感じられない。
いつも剣を持っている右手には途中まで仕上がっている花の束。
剣士も形無しね、と笑うと、トッシュは苦々しく舌打ちした。
見られたくなかったのかしら、悪い事しちゃったわね。
ククルもトッシュの隣りに腰を下ろす。
ぽっかり夜空に浮かんでおり、さわさわと風に揺れてシロツメクサがリズムを刻む。

 それにしても器用なものね。
トッシュが持っている花冠を見てククルが嘆息すると、
彼はやってみれば良いじゃねえか、
と抜いておいたシロツメクサを数本彼女に差し出した。
ククルは一瞬戸惑ったが、すぐにそれを押し返すと


「いいよ、私そういうの苦手」
「教えてやるから作ってみろよ」
「大体作ったって誰にあげるの」
「ん?一人しかいねえだろうが」


 誰の事よ、と突っぱねてみる。
本当は誰か判ってるし、ククルが判ってる事だって、
トッシュは勘付いているのだろう。
真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向くが、
トッシュはめげずにシロツメクサを差し出す。
まあそう言わずやってみろよ。簡単だぜ、これ。


「まず四本束にして、もう一本、こいつを巻き付けるようにしてだな」
「私作るって言ってないけど」
「いいからやってみろって、あげる相手いなけりゃちょこにでもやればいいだろ」
「ならトッシュのは誰にあげるのよ」
「……イーガ?」
「……言ったわね、約束だからね」



***


 まず四本のシロツメクサを束にする。
出来上がった束へ巻き付けるように一本、シロツメクサを巻く。
余った茎はたらして、次の花を巻いていく。
力加減を間違えるとぶっつり切れてしまうので気をつけろよ。
普段からは想像できない繊細な指導に感心しつつも
ククルはせっせと花冠を作っていった。
はじめはこういった細かい作業はちょっと、と思いながら作っていたが
存外楽しいものだ。

ようやく力加減がわかってきたころには花冠もいい具合の長さになっていた。
端と端を最後のシロツメクサで結び輪っか状にすると
多少不格好だがシロツメクサの花冠が出来上がった。
はじめは力加減が判らず結ぶ強さがバラバラだったので非常にがたついているが、
終わりに近づくにつれシロツメクサは綺麗な列を組み並んでいる。
なんだやればできるじゃない。
ふん、と鼻息を荒くするククルに、トッシュは声をかける。


「ふうん、上出来じゃねえか」
「ふふふ!一応女の子だからね!」
「女の子ねえ」


 トッシュが持っていた花冠はククルのそれとは一回り小さなものだった。
しかし非常に丁寧に編まれており、
どこから持って来たのかは判らないが
ところどころに黄色やピンクの花がちりばめられている。


「あら、小さいのね」
「あんまりでかいと頭通り過ぎるだろ」
「あ、そっかあ、私自分サイズで考えてた」
「ん、なにか問題あるのか?」


 アークとそんな頭の大きさ変わんねえだろ、とトッシュは笑う。
その一言にククルの心臓が大きく跳ねる。


「だだだれもアークに!あげるなんて言ってない!!」
「違うのか?へえてっきりそうだと」
「ちがうちがう!大体あげる意味なんて」
「なあククル、シロツメクサの花言葉ってなにか知ってるか?」


 必死に否定していたククルの動きが止まる。
シロツメクサの花言葉?ううんと首をひねるが出てこない。
否、知らないのだから出てくるわけもないんだが。
そんな彼女の姿を見て、にやりとトッシュは笑う。
あのな、と彼は声のトーンを落として言葉を続ける。


「シロツメクサの花言葉は復讐」
「ふくしゅう……?」
「普段アークのやつ、嬢ちゃんの事女扱いしてねえだろ?
 だからたまにはこんなことできるんだって見せつけてやれよ」
「そ、そうね!」
「ちょっと物騒な響きだがおあつらえ向きだろ?」


 ククルは花冠を握りしめて頷いた。
今日のお昼の言葉がまた、脳内で再生される。
そうよ!いつもガサツだ乱暴だ何だたくさん言ってくるけど、
私もこんな事が出来るんだって見せつけてやれば良いのよ!
きらきら輝く目をしたククルに、
トッシュはにやりと笑みを浮かべてククルの背中を叩く。


「ほら、善は急げってんだ、いっちょ持ってってやりな」
「うん!ありがとうトッシュ!」
「いいってことよ」


 トッシュの一言に後押しをされるようにククルは広場を後にした。
頭に思い浮かぶのは彼の驚く顔。ふふふ、今に見てなさい私だって女の子なんだからね!



***


「さてと」


 出来上がった花冠を持ってトッシュも立ち上がる。
思わぬ邪魔が入ってしまったがなんとか完成してよかった。
ちょこは機嫌を損ねるといろいろ危険なので、大抵のわがままは従うに限る。
特にこういったとりとめのない事は、積極的に叶えてやったほうが良い。

 しかしシロツメクサねえ。確かにシロツメクサの花言葉は「復讐」である。
しかしそれはあまり有名ではない、辞書で引くと二三後に出てくるような花言葉だ。
最も有名な意味は、そう。

 にやりと押し殺していた笑みが浮かぶ。
いやあシルバーノアに帰るのは楽しみだ。
世間には疎いアークだが、花言葉の一つや二つは知っているだろう。
知らなくても教えてやろう。
全く、年下をからかうのは楽しくて仕方ない。

 完成した花冠を持って、トッシュも広場を後にした。
誰もいなくなった広場はぽつりぽつりと茶色い地面が見えているが、
相変わらず雪景色のように白の絨毯が広がっていた。