「寒いー」
「寒いなー」
「寒いですねー」
「寒い寒い言ってたら余計寒くなってきた」
「なら今から寒いって言うの禁止ですね」
身を震わせていたらテオが急にそんな事を提案するものだから、
暇を持て余していた俺とアレクはこいつの提案に乗る事にした。
寒いって言っちゃダメなんだよな、でも気を緩めたら言っちゃいそうなんだよなあ。
代わりの言葉を探せばどうにかなるもんか。
頭をフル回転して代わりの言葉を探すがだめだ、思いつかない。
寒い、冷たい?冷える?ううんしっくりこない。
そう思った矢先にアレクがぽつりと呟く。
「ふっ、震える……」
「ふるえるって!」
「なんですかそれ……!」
あまりにまじめくさった顔でしょうもない事を言うもんだから、
俺とテオは思わず吹き出してしまった。
多分アレクも俺と同じように寒いに代わる言葉を探していたのだろうな。
でも、震えるって、震えるって……!
「もうちょっとましな言葉あっただろー!」
「いやだってほらルッツだって震えてるじゃないか!」
「震えてるけどよー!馬鹿ー!馬鹿じゃんかよー!あー腹いてえ!」
「うわあ僕もすっごい震えてきました!ふるえるふるえる!」
テオも半笑いで震えるを連呼しだした。
真似をするように俺も震えるを連呼して、
アレクもやけくそのように震えるー!震えるー!と叫びだす。
震えるー!ふるえるー!
三者三様の震えるが森にこだまする。
震えるー!震えるー!!
「震えるー!……なんかもう俺ちょっと恥ずかしいんだけど」
「えっルッツさん恥ずかしくなってきましたか?
僕ちょっと楽しくなってきたんですけど」
「なんだかこうして声に出すと身体もあったまってくるな」
「ああ確かに寒さなんてぴゅーんと飛んじまったような気に」
「あっ」
「あっ」
「やあいルッツさんの負けですねー!」
「あっちょっと今のなしなし!」
「なしには出来ないなあ、聞いちゃったもんなあテオ」
「そうですねえアレクさん」
「むきー!なんだよそれくっそくそ大体アレク震えるってなんだよ震えるって!」
「なんなんだよ震えるってちょっと気に入ってただろルッツも!」
「一瞬だけ!一瞬だけ気に入ったけど震えるってもう意味わから」
「あっ雪」
テオの声に空を見上げると、ちらりちらり、
まるで喧嘩を宥めるように空から雪が舞い降りてくる。
本当だ雪だ。アレクが呟く。
雪ですねえ、テオも続ける。
雪かあ、俺も後に続く。
なんだか空気がしっとり包まれて、
先ほどまでばか騒ぎしていたのが嘘のように皆黙ってしまった。
「……寒くなる前に、街に帰ろうか」
沈黙を破ったのはアレクだった。
そうですね、とテオが同意して、俺もそうだなあ、と呟く。
「なんだか急に宿が恋しくなりました」
「あったかいもん食いてえなあ」
「マーシアさんが担当ですからね、きっと配慮してくれますよ」
「そっかあなら期待するしかないなあ」
「俺はシチュー食いてえ」
「僕は鍋の気分かなあ」
「僕はカレーが食べたいなあ、ああ、早く帰りましょう!アレクさん!ルッツさん!」
テオの号令にすこし早足になった俺たちは、
それぞれ食べたい暖かいものを呟きながら宿へ帰った。
まあその日の晩ご飯は寒い日はとことん寒くなんて
悲しい提案でざるそばをすするはめになったのだが、
暖かい部屋で冷たいものを、
雪をみながら食べるっているのもまた乙なのかもしれないなんて、なんて。
たまにはこんな冬の日もいいのかもしれないな。
たまには、だけど。