私とソロモンは、一つ屋根の下に住んでいた。同じ秘密を共有する同士、まるで恋人のように肩を寄せ合い生きていく。しかしそこには恋愛感情は無い。彼は人間なんて毛ほど興味も無いし、私もソロモンなんて末恐ろしい男を愛するなんてまっぴらごめんだった。しかし私たちの利害は一致していて、薬草の良く採れる山奥に居を構える。利便性なんてちっともないけれど、人目に付かない分悪魔達はよく遊びに来た。
魔法の使えない私はよくクッキーを焼き、ソロモンはおどろおどろしい植物と共に薫り高い薬草を採ってきては、私に手渡した。それをクッキーの生地に混ぜ込んで、成型して焼いていく。無駄に広いキッチンに薬草の香りが広がって、焼き上がってくる頃には彼がキッチンへとやってくる。親密な距離で「焼けた?」と尋ねてくるので私も「うん」と彼をいなしながらオーブンを開く。扉の前に滞留していた空気が頬に触れて、濃縮された香りがキッチンに広がった。
「美味しそう」
肩越しに覗き込む彼に「食べる?」と一つ箸で掴めば「冗談」とソロモンは笑う。灼熱の温度を保つそれは、暫く冷まさないととてもじゃないけれど食べられない。粗熱を取る間、私は紅茶を淹れる。ソロモンも席について、楽しそうにこちらをみて微笑んでいる。
私たちの間には、恋愛感情は無い。
紅茶を注ぎながらふと彼を見れば、ソロモンは神妙に端末を弄っていた。妙に嬉しそうな唇に「なにかあった?」と尋ねれば、彼はこちらを向いて「欲しいものが売られててね」と笑う。触っているのはD.D.D.なのか、それとも人間界のそれなのかはここからでは判別が付かない。
「触ってもいいもの?」
「それは素手での話かい?」
「いや、大体わかった」
きっと魔法関係のそれだろう。肩を竦めれば彼も笑う。「きみはおれより悪魔と契約してるんだから、もっと興味を持てばいいのに」僅かに卑屈の混じるその言葉に「魔力はからっきしだもの」と私も卑屈で返す。二人分、カップを机の上に並べて紅茶を注ぐ。琥珀色が漂い「いい香りだね」とソロモンが微笑む。
私たちの間には、恋愛感情は無い。あるのは秘密と、お互いを羨む嫉妬と、そして利害関係だけだ。
私たちが集まれば悪魔が集う。悪魔が集えば私は賑やかで嬉しいし、彼だって珍しい品物が手には入って嬉しい。人が来ない山中は昼夜騒いでも誰も咎めないし、怪しい煙を出したところで霞に紛れて消えてくれる。
昨日作ったパウンドケーキの残りを取り出して、二人分に切り分ける。まだ日は高く、アフタヌーンティには丁度いい時間だった。ソロモンの活動は魔力が高まる夜が多いし、私も家事が一区切り付くこの時間が、大体の休憩時間だ。まだ余熱の残るオーブンで温めて、それを取り上げる。皿にのせて彼の前に出せば、ソロモンは律儀に(信じてもいない)神様に感謝を述べてケーキに手を付ける。
「また腕をあげた?」
ソロモンが聞く。なにもすることの無い山中では、料理の腕だけがめきめきと上がる。
「昨日も食べたくせに」
白々しい言葉を切り替えせば、彼はなんてことないように笑った。紅茶をすする。
傍目から見ればきっと、私たちはそういう関係に見えるのだろう。そう思えるくらい、穏やかな日々がこの家には満ちている。
「ね、ソロモン。私が死んだらどうする?」
「せいせいする」
彼の言葉に私も笑う。「私も」と口にすれば「だろうね」と彼は微笑んだ。そうして麗しい余生は、今日も穏やかに漂っていく。