小額だからとマモンの借金を立て替えてしまったのが、運の尽きだった。俺も俺もと群がる悪魔。あっという間に財布は空となり、毟り取れなかった悪魔たちはみな悪態を吐いてその場から去っていく。
しかし一人の悪魔だけは、じっと私を見つめていた。頭から、つま先まで。値踏みするような視線と下卑た笑い。「ちょうどお前一人分ぐらいなんだよな」なんて言葉の意味がわからなかったけれど、良い意味でないことくらいは予想が付いた。逃げようと後ずさるが、後ろは壁。「低級のやつらに返して俺には返さないとか、ないよな」と、名も知らない悪魔は私の手を掴む。
しかし私も伊達に悪魔に揉まれてはいない。腕が震えないよう掴まれた腕の拳を握り、相手を見据えて「私は高いわよ?」と「なんせ、数多の悪魔と契約してるくらいなんだから」と言葉を継いでいく。
「へえ、威勢はいいんだな」
「そりゃあもう。十万グリム積まれたって、売らせてやんないんだから」
「震えるなよ人間。なにも売りさばこうって話じゃない。三日三晩俺の店で――」
「ヘイヘイヘイ! その商談、待った!」
突然、廊下の向こうから声がした。諸悪の根源は滑り込むように私たちの間に入り込むと、素早く端末を叩き、悪魔に見せつける。そうして二三、彼の耳元で言葉を囁いた。
悪魔は一瞬顔を顰めたが、直ぐに「ふうん」と言うと私の手を素直に離す。訝しむように私と、マモンと、そして彼の端末を見て――ニヤリと笑った。
「本当だろうな?」
マモンもまた「一括で払ってやるよ。請求は嘆きの館にでも投げてくれ」と友好的に悪魔の肩に腕をまわし、何度か叩く。ちらりと見えた端末の画面は、おそらく電卓機能だろう。嫌な予感がしてマモンを見上げたが、彼は随分上機嫌だ。悪魔も悪魔で、満足したように「約束だからな」と素直に踵を返し歩いていく。
「なんなの……?」
「今俺は、お前を買った」
「は、はあ……?」
「だから今日はどっか付き合えよ。お前は俺に買われたんだからな!」
その響きが気に入ったのか、強引に腕を回すとマモンは昇降口に向かって歩き出した。足取りは随分と上機嫌だ。助けてくれたのはありがたいけれど、この態度にはどうにも解せない。助けてくれたのなら無謀を怒るとこだろうし、ことの成り行きを知っているならこんな溌剌とはしないだろう。
「……ね、マモン。どこから聞いてたの?」
「お前が十万グリムで買えるってあたりから」
その程度ならもっと早く言えよー。鼻歌交じりの彼の横顔に、思わずため息が漏れてしまう。この男、助けに来た訳でもないし事の発端が自分の借金であるとも気付いていない。なんなら無駄に今借金を重ねたのだ。馬鹿だ。馬鹿としか言いようがない。
「……マモン、あのさあ」
「なあ折角なら地獄亭でも行こうぜ。腹減った」
「ああ……そう……」
反論する気も失せて、マモンに引かれるままRADを後にする。払わなくていいはずの請求書に、青筋を立てるルシファーの顔が目に浮かぶ。請求書を見れば私が関わっていることなど直ぐにバレてしまうだろう。無謀の代償は随分と高い。しかし陽気な鼻歌を奏でる彼の横顔を見ていたら、なんだかもうどうでもいいか、なんて気さえしてきた。
本当に大馬鹿だ。私も、マモンも。