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値段が付けば欲しくなっちゃうマモンと留学生ちゃん

 好奇心で臓器の値段を調べれば、それなりに高く売れることを知った。なるほど、健康であればこれだけの金額になるのかと、浮かれた私はその金額をリストアップしていく。しかし目敏いマモンはそのメモを見つけると「夢みたいな金額書いてんじゃねえよ」なんて文句を言いながら、金額に赤を入れた。しかも私が書いていたそれよりも、格段に安い値段だ。
 下手すれば晩ご飯のおかずに並ぶ価格帯に「流石にそれはない」と言えば「あ? 普通に売ってるだろうが」と彼。齟齬を感じてよくよく話を聞いてみれば、どうやら食材としての臓器の値段らしい。それはそれで恐ろしい話だけれど、流通していたらまあそのくらいになるのかと、妙に納得してしまった。
「おまえが書いてたのは違うのかよ」
「人間界で取引されてる臓器の値段だよ」
「は? なんでそんなもん」
「いや、どのくらいするのかなって……」
 言葉を濁す私に「おまえ、無駄に好奇心旺盛だもんな」なんてマモンは苦言を漏らす。そうしてまじまじとリストを見つめて、暫く、私とメモを見つめ、指先を動かす。どうやら脳内でそろばんを弾いているらしい。「あれが……それだろ」「で、これが……あれで……」なんてぽろぽろと、言葉が漏れる。
「……ちなみに、臓器以外はどのくらいすんだよ」
「え?」
「ほら、皮膚とか爪とか、ほかにもあんだろ」
「……もしかして、私を売ろうとしてる?」
 お前の部屋には金目のもんがねえなあと、彼の口癖はそればかりだった。この身ひとつで召喚されたから金目のものがないのはしょうが無いけれど――臓器を守るように両腕で身体を抱けば「売るか! バカ!」と焦燥の滲む声が飛ぶ。
「……人身売買のビジネスも、だめだからね?」
「しねーよんなもん! あのなあ……」
 マモンは呆れたように紙を破いてゴミ箱の中へ入れた。「あ」との私の声に「あ、じゃねえよ」と彼は屈んだ。椅子に座っている私と、丁度まっすぐ視線が合う。彼の指先が顔に伸びて、そのまま頬を撫でられる。輪郭を沿うように、指の腹が、肌の上を滑っていく。
「何グリムあったら、お前をまるごと買えるんだ?」
 いつものような軽口ではない。マモンの底知れぬ青の瞳に、ざらりと炎が滲んだきがした。値踏みするような視線。恐ろしくなって、私は慌てて「この話はおしまい!」とマモンの肩を押した。指先が、頬から離れる。マモンは「おもしろくねー」とだけ言葉を吐いて、私の頭を二三度撫でた。
「間違っても値段つけんなよ」
「なんで」
「買っちゃうだろ」
「誰が」
 私の問いかけに、マモンは答えない。ただただ意味深に笑うだけだ。そうして「俺は別に自由を奪いたいわけじゃねえの」と冗談のように笑って、いつものように無許可で私のベッドに転がる。部屋に妙な緊張感が漂っていて、私はそれを咎めることもできない。
「……じゃあもし、値段がついちゃったらどうする?」
「買う」
 二つ返事のその言葉に背筋が凍る。
「オークションでもなんでも、どんな手を使っても競り落としてやるよ」
 冗談なのか、それとも本気なのか。声色だけでは判別できない。脳裏に浮かぶ彼の瞳の奥の昏い青が値踏みするように眺めているようで、ぶるりと震えた。振り返る勇気は、持ち得ていない。
「……怖がるくらいなら、はじめからんなこと考えんなよ」
 固まる背中にクッションが飛んでくる。振り返れば、いつも通りのマモンがにやにやと笑っていた。安心した私は「ただの好奇心じゃん」とクッションを投げ返す。軽く避けるマモン。壁に当たったクッションは、ベッドに落ちてくる。
「それよりも一緒にデビグラ見ようぜ。アスモのやつ、また美味そうなもの飲んでやがる」
「え、みるみる」
 手を引かれて、当たり前のように彼の膝の上に座る。マモンの言うとおりアスモは美味しそうなドリンクを片手に微笑んでいた。新発売なのだろうか。多くのメッセージと評価のついたコメント欄は、いつ見たって相当賑やかだ。
 不意に、マモンが私の頭に唇を寄せる。突然甘えてくるときは多々あれど、なんだかいつもよりも様子がおかしい。妙に執着するような態度に「マモン……?」と声をかければ「なんでもねえ」と彼の声。
「……なんでもねえよ」