世界が滅んでしまったので、僅かに生きている人達向けに行商を始める。
はじめは食べ物やら薬やら日常品をメインに売っていたのだが、あれも売れこれも売れと日がな毎日魔界から品物を回してくれるマモンのおかげで大分品揃えが潤った。この前なんてよく分からない像が、とてつもない値段で売れた。最早意味の無い紙幣を受け取り、私はそれを全てマモンに渡す。
マモンは紙幣を嬉しそうに受け取る一方で「お前の分はどうすんだよ」と言う。けれどこんな荒廃した世界でお金なんて持ってても意味が無い。なんなら私のような酔狂な行商が居たとしても、売っているのはガラクタばかりだろう。居を持たない私はそれを転売する術しか持たない。なら買うだけ無駄だ。
「お金なんて持ってても意味ないし」
台車を引きながら、瓦礫の道を行く。手豆は潰れて久しく、痛みももはや遠い。日に日に体力が落ちていくのと反比例に、こんな皮なんて脱いでしまいたいと思う。
マモンは札を数える手を止めた。
「お前が頷けば、魔界に連れて帰るんだけどな」
私は台車を引く。
「嬉しいお言葉ですけど、まだ私はここにいたいから」
「こんな世界のどこがいいんだよ」
車輪が、側溝に落ちる。マモンは決して手を貸さない。全身の力を入れてなんとか道に押し出す頃には、手のひらが真っ赤に染っていた。
「だってここに居れば、マモンが毎日会いに来てくれるじゃない」
握り締めれば血が垂れた。包帯は貴重な品物だから、スカートの端を破って手のひらにそれをまく。そうしてゆっくりと台車を押す。傷だらけで、みすぼらしくて、それでもまだ生きている。マモンはつまらなそうに「あーそうかよ」と吐き捨てて消えていった。私は当てもなく、台車を引き続ける。
死にかけの世界に斜陽が滲む。欠けたビルの輪郭に反って切り取られた空が、橙から紺へとグラデーションをかけていく。
魔界の行商は、今日も壊れかけの街を行く。この世界の行く末を見守りたいなんて大層な理由はない。ただか細い縁を守りたいが為にただただ、壊れかけの街で生きるのだ。