扉は開かない。消灯した部屋の中で、家電の寝言だけを聞いている。寝返りを打てば妙に鼓膜を擦る音。目を開けば、眠りに落ちた私の部屋だけが、雑然と広がっていた。
かえってくる、と、おもう。
約束はしていないし、館にはもちろん彼の部屋がある。それでもここ最近、何かと理由を付けて一緒に寝るようになったマモンの訪問を、私はどこか期待していた。なんなら明日は休日だ。そんな浮かれた気持ちに蹴飛ばされて買ったシャンパンは、夜の空気に満ちたこの部屋でも、星のようにきらきらと輝く。
今日は来ないの、とは送れない。そんなこと、恥ずかしくって出来るわけが無い。
それでも眠れなくて、私はのっそりと起き上がる。棚の中からひとつグラスを取り出して、今日の主役であったシャンパンをひとり、あけた。小さな音と煙が燻る。グラスに注げば、グラスに黄金色が溜まる。泡が、のぼる。
期待していたのは、私だけだ。
いつもよりも静かなこの館には、おそらくマモンはいない。明日が休みだから、きっとどこかで遊び歩いているのだろう。
机に頬を付ければ、夜に冷やされたそれはひやりと私を包む。上っていく泡を見ながら、身体を起こして一口、唇を湿らせる程度の量。まだ慣れないアルコールは、苦くもとれるるし甘くもとれる。
「……いかないでよ」
言えたらいいのにと、シャンパンをあおる。そのままベッドにもたれかかり、ぼんやり、夜に沈む部屋を見上げる。火照りはじめた息を吐き出せば、どろりとした眠気が指先から頭まで滲んでいった。重くなる瞼。曖昧になる、意識。
「……いっしょにいて」
「ひとりのよるは」
「さびしいの」
ぽつり、ぽつり。泡のように上っては消える本音は、誰にも聞かれないまま部屋に溶けていく。のぼって、揺らいで、消えて、また上って。
――寝酒なんてどこで覚えたんだよ。
夢の淵の向こうで、聞き慣れた声が鼓膜を揺らした、気がした。