おまえ最近面白くねえよな。マモンのため息交じりの言葉に、私は見世物だっけか、と思い巡らせる。まあ人間なんて悪魔にとっては見世物みたいなものだけれど。友好目的の留学生にそんなこと言うのはおかしいよなあ、とそこで思考は止まる。マモンがじっとこちらを見つめていたからだ。
あまりに(それこそ穴が空くほど)見つめられるから「なに?」と言えば「いや……」と歯切れの悪い言葉。彼は腕を伸ばして、私の頬を無理矢理持ち上げる。そうしてじっと顔を見て「ううん」と首をひねった。
「なんか悪いもんでもくったか?」
「館のご飯と購買くらいだけど……?」
「だよなあ?」
マモンは不思議そうに首を再びひねらせ、そして頬から指を離した。「疲れてんのかもな」と一言。疲れている自覚はないけれど、と私も首を捻るが「自覚してねえだけじゃねえの」と彼は私をベッドに誘った。
全く眠くないけれど、反抗する理由もないので素直に彼の言葉に従う。彼はそんな私を見て「いやでも」「考えすぎか……?」とぽつぽつ釈然としない言葉を漏らす。
「なんかおまえ、素直になったよな」
「……?」
確かに少し前は彼の一挙一動に驚き怒ったり笑ったりしていた気がする。でもこの魔界生活を続ける中で、彼らの常識にも生活にも慣れたつもりだ。最初ほどの、新鮮なリアクションは確かにしていない。それが、面白くないのだろうか。
「なんか、物足りねえんだよな」
「怒った方がいい?」
「いや、そうじゃねえんだけど」
布団を掛けられて、ぽんぽんと、胸の辺りを叩かれる。まるで子どもを寝かしつけるような、優しいリズムだ。まだ寝る時間には少し早いけれど、なんとなく、彼にあやされると寝てもいいような気がしてくる。随分と私も丸くなったな、と昔の挙動を思い出してあくびを零せば、マモンはなぜか眉間に皺をよせて、私を見下ろしていた。
「おまえさ」
「うん」
「もし、なんか変なことがあったら、すぐに言えよ」
「変なこと?」
「例えば――その、やばいやつに襲われたりだとかだよ」
「そんなことになる前にマモンが来てくれるじゃない」
「まあそうだけどな。いや……」
ぽん、と彼の手が止まる。私の輪郭を確かめるようにマモンは額から、頬から、大きな手で包み、滑らす。
「万が一ってことがあるだろ」
心配しすぎだよ。笑い飛ばそうとしたけれど、どうにも気力がついてこなくて「うん」とだけ落とす。マモンはその言葉に満足そうに頷いて「じゃ、今日はそのまま寝ろよ」と頭を乱暴に撫でて立ち上がった。そのまま部屋の電気を消して、扉へと向かう。「じゃあな」と一言言い置いて、彼は部屋から出て行った。
一体何のことを指しているのだろうか。考えたって答えは出てこなくて、私はあくびを漏らす。やばいやつ。やばいやつ……。個性豊かな学友たちは多いけれど、魔界七大君主の彼らと並び立てれば、どうにも個性が霞んでしまう。
そういえばこの前仲良くなった悪魔が、感情が好物って言ってたな。
ふと、そんなことを思い出した。それでも借金魔神のマモンと比べれば大したことと思えなくて、私は大きなあくびを浮かべ、目を閉じた。