DropFrame

話を聞いてほしいマモンと寝たい留学生ちゃんの話

 逆さで吊されて文字通りひんひんと泣いていた彼の余罪は尽きない。曰くルシファーの部屋から本を持ち出そうとしただとか、リビングルームの置物をくすねようとしただとか。たったそれだけだぞ!? と声を荒らげる彼の基準がわからないし、わかるつもりもない私はあくび一つで会話を終わらせた。
 窓の外は常闇。私の体内時計も夜を告げている。時計は見ていないけれど、おそらくそろそろ寝る時間だ。未だぐちぐちと文句を垂れる彼の会話には付き合いきれずに、私はベッドに向かい、掛け布団を捲る。「おい、まだ俺が話してんだろ」なんてマモンの声がするけれど、残念ながら時間切れだ。

「無理。もう眠い。閉店です。また明日お会いしましょう」
「あ? 寝かせっか。おい、起きろ」

 布団に包まる私と、その中に無理矢理押し入ろうとするマモン。「俺様の話はまだ終わっちゃいねえ」なんて私の上に馬乗りになった彼は、胸元まで引き上げた掛け布団の端をつかんで無理矢理引っ張り上げる。

「助けてあげたのに、ひどい。寝かせてくれないなんてひどい」
「あ? 酷いのはお前だろうが。まだ俺が話してんのに」
「じゃあこうしよう。マモンは話す、私は寝る。よろしい?」
「よろしい要素が一つもねえよ」

 捕まれた掛け布団を両手を伸ばしつかもうとする。が、彼はそれをあざ笑うかのようにひらりと持ち上げた。馬乗りになっているマモンと、寝転んでいる私の高低差を考えると届かないのは自明の理である。が、起き上がるのもなんだか悔しくて、彼の股の下で必死に手を伸ばす。

「いいかよく聞け人間。俺様は魔界七大君主の」
「マモン、寝ないの?」
「だぁかぁらぁ俺の話きけっつうの!」

 ジタバタともがいても、指先はシーツの端にすら届かない。さほど寒くない季節だからか――そもそも魔界に季節があるなんて知らないけれど――このままでも最悪寝れるけれど、やられっぱなしという状況がとても悔しい。
 シーツの向こうの彼の瞳が意地悪く細まる。挑発されるように揺らされたシーツは波を打って私の膝をくすぐった。

「いいか、寝たかったら俺の話を最後まで聞け」
「聞いてほしかったら布団を返せ」
「返したら寝るだろ」
「寝るよ。夜だもん」
「俺様と睡眠どっちが大切なんだよ」
「じゃあ夢の中で続き話してよ」
「どーやっておまえの夢の中に入るんだよ」
「悪魔なのにできないの? うける」

 会話のラリーの間にも、私はシーツを奪い取ろうと必死に手を伸ばす。腰より下はマモンの足で挟まれているから、実質腹筋する形となる。魔界に来てからというもの『体育』という存在はご無沙汰だったため、数回やっただけで息が切れてしまう。
 ほらほらもう一回。煽るようにシーツが揺れる。腰を浮かせれば、ベッドのスプリングが悲鳴を上げた。空を切る腕。汗ばむ額。痛む腹筋。

 
「うるさいぞ!」

 そうしてノックもせずに乱暴に開いた扉から『館の歩く掟』と呼ばれるルシファーが顔を出した。私は度重なる腹筋に疲れて肢体を投げ出しており、マモンは相変わらず私の足を挟んで馬乗りになっている状態だ。お互い、夢中になっていたから『いったいどういう状況になっているか』なんてこれっぽっちも考えなかった。
 空気が凍る。眉の寄るルシファーの顔に、事の重大さを知る。

「……お前たち」

 静まりかえる部屋の中、余罪が一つ増える音がした。