実は私の隣にいるのは悪魔である。そんなことを口にすればきっと留学で頭がおかしくなったと思われるのだろうか。
欲しい本があると言われて街に出てきたはいいけれど、地元を選んでしまったのがあまりよくなかった。大型書店には多くの本が集まるが、同じくらいに多くの人が集まる。ということは想像もしない出会いも当然あるわけで。
二人でいるところを見つけた友人の「どなた?」との言葉に、一体なんと答えればいいのだろうか。言葉に窮す私に、彼女は当然のように「彼氏?」と言葉を重ねる。これはよくない勘違いだ。とんでもない言葉に「いや?!」と条件反射のような単語が飛び出し、そうしてなんとか捻り出した言葉が「……遠縁の、兄でして」という答えだった。
「遠縁?」
「ええっと……」
ちぐはぐな言葉に首を傾ける友人。それもそうだ。私が彼女の立場だったらおそらく同じ反応をする。大体遠縁の兄ってなに。兄って二親等だから兄なんでしょ。
しかしなにかこじつける言葉も見つからず「その……」と私は曖昧に言葉を転がす。親戚にしておけばよかったと、心の中の私が叫ぶ。しかし飛び出した言葉を撤回できるはずもなく「えっと……」と煮え切らない言葉だけが口の端から零れていく。なんだよ兄って。いや間違いではないんだろうけれど。
混乱した私をよそに、隣にいた悪魔は不思議そうに私たちを見つめている。彼女を、私を、それぞれ視線で撫でた彼は「友達?」と口にする。私が頷けば、彼は微笑み――そして友好的に肩を抱いた。突然のスキンシップに、心臓が跳ねる。
「うちの妹が、どうも」
悪魔の顔に、笑顔が浮かぶ。おおよそ館では聞かないようなとんでもなく暖かな声色。親密さを醸し出すように引き寄せられて「いつも仲良くしてくれてありがとう」と彼は言葉を並べる。
「久しぶりに帰ってきたから、本でも見ようと思って」
「そうなんですね」
あまりの距離の近さに、さりげなく胸を押して空間をあける。そして「そう、本でも見ようと思って!」と復唱すれば「さっきも聞いたよ」と友人は笑い声を上げた。
「そそっかしい妹だろう?」
そう笑うサタンに、彼女も頷いて楽しそうに笑う。失礼な、と口にするよりも先に肩に触れた手に力を入れられて、あけた空間を詰められる。
胸に納まる形になった私を「仲がいいんだねえ」と友人は暢気な言葉を放った。「ま、まあ」と歯切れの悪い私の言葉を遮るように「自慢の妹だからね」とサタン。そうして私を見下ろして、まるで同意を脅し取るように「な?」と微笑む。助けを求めるように友人に視線を投げれば「いいお兄ちゃんだね」とのお言葉。地元なのに、なぜかとてもアウェーだ。
「……そう、いいお兄ちゃん、だと、思います」
いやまったく、根性の座ったいいお兄ちゃんだと思います。諦めたように笑えば、肩を抱く悪魔は微笑み私を見下ろす。
本を見に来ただけなのに、なんでこうなったんだろう。次は絶対地元を候補に挙げるのはやめよう。絶対に、やめよう。