青い花がラミネートされたカードを見せ、マモンは「どう思うよ」と口にする。花は詳しい方ではないので「なにが」と尋ねれば、マモンは困ったように「その、あれだよ」と言葉を転がせた。忙しなく動く視線は定まらない。
妙に口が重いマモンにレヴィは眉を寄せて「だから、なに」と言葉を急かした。もともと気が短い方ではないものの、突然の来訪(しかも相手は借金も返さないクズ野郎だ)さらにはまごまごされるのに付き合うほど、優しくはないつもりだ。
差し出されたのは小さなカード。見知らぬ(しかし何となく見覚えのある)青い花がラミネートされた、手製のカードだ。マモンが作ったものとは思えないから、くすねたが、拾ったかの二択だろう。
となると尋ねられているのはおそらく値段で「僕に聞くよりさっさと質に入れた方が早いんじゃないの」と言い捨ててレヴィはパソコンに向き合う。言ったものの、売れるとは到底思えない代物だけど。しかし背後からは「売るつもりはねえんだけど」とマモンの声。彼らしくない言葉に思わず振り返ってしまい、レヴィは怪訝そうにマモンを見つめる。
視線の向こうの彼はどこか居心地が悪そうに――ただ尊大な態度は崩すことなく――床に座っている。尖らした唇が妙に子供っぽい。もしかして熱でもあるんじゃないのかと――あるならさっさと部屋に戻れと――レヴィは椅子に座り、ただマモンを見下ろす。視線が合えば睨まれた。さっさと帰ってくれ。心の底から文句が浮かぶ。
「さっきから何が言いたいんだ?」
「だーかーら! これどう思うよ?!」
「は? どう思うってなに」
はっきりしない物言いが苛立たしい。しかしこの問答を続けるのもうんざりだ。さっさと謎を解決してしまおうとレヴィがカードに手を伸ばせば、避けるようにマモンはカードを遠ざける。一瞬、沈黙が過ぎる。そうして再びレヴィがカードに手を伸ばせば、やはり指先は空を切るばかり。見せるはいいが触らせたくないらしい。威嚇にも似た表情を浮かべる愚兄に湧き上がるのは嫌悪感しかなくて、レヴィはこれ見よがしにため息を吐いて、マモンに背を向けた。「おいおいおいおい!」と声が響くが、もう構う気も無い。ディスプレイに向かいながら、今期のアニメをザッピングする。人間界はもちろんのこと魔界のコンテンツ、果ては天界のそれまで網羅するには時間が何百年あっても足りやしない。画面下に並ぶサムネイルを眺めながら今夜のお供を探せば「おい! レヴィ!」と乱暴に椅子が引かれた。
睨み付ければ、無言でカードを差し出される。指を伸ばせばマモンが露骨に顔を歪めるので、ため息を吐いて伸ばした手を引っ込めた。そこにあるのはやはり手製のラミネートカードだ。花がカードの中心に来ていないあたりを鑑みると、おそらく下手くそが作ったのだろう。どこか見覚えのある青い花が妙に引っかかるけれど、すぐには浮かばないのがもどかしい。
「……もらったんだよ」
一言。まるで小蠅のようにささやかな音。「は?」と返せばマモンは眉を寄せて「だから、もらったんだよ!」と声を荒らげた。もらった。そして金にもなりそうにないカード。足して浮かぶのは、彼女の姿。
「……ああ、お礼?」
記憶に新しいそれを口にすれば、マモンは一瞬面食らったように瞬いて、そうして把握したのか「ああ、まあな」と口にする。そうして「レヴィは何もらったんだよ」と気もそぞろに口にするので「僕?」と素直に言葉を返す。ディスプレイ横に置いてある、小さなフィギュアを飾るクリアケース。黙っているのも煩そうと思い「あのケース」と指させばマモンは「ふうん」と、引きつった笑みと言葉を漏らした。
それは半年記念のお祝いのお礼だという。お祝いのプレゼントを贈ったはずだったのに、律儀な彼女は一人一人にお礼の品を贈ったらしい。時間も無く、高いものは買えなかったようで安価で手に入りやすい品だったけれど、こういうものは気持ちが嬉しい。流石僕が見込んだ親友だと、そのときは随分と感心した。
彼女曰く、サタンには栞を贈ったらしい。他の兄弟の品はよく知らないけれど、キッチンがやけに騒がしい日があったから、ベールには料理をプレゼントしたのだろう。そういえばマモンの品も知らなかったな。別に興味はないから、気にしてはいなかったけれど。
しかしここで見てしまえば、その意図が気になってしまう。どうやらマモンも見当がつかないようで、しばらくレヴィに見せながら自身もじいとそれを見下ろしていた。青い花。彼女が作ったのならば、それは押し花の類いだろう。人間は――特に思春期の頃合いにはそういうことをする文化があると、アニメで見たことがある。し、彼女にも聞いたことがある。
『でも昔はあってもアニメだけだと思うよ。今はもうほとんどする人がいない気がする』
しかし彼女が続けた言葉はこうだ。そのあと何を話したっけな。レヴィが背もたれに身を任せれば、ぎいと椅子が声を上げる。
『なんでわざわざ押し花にするわけ?』
『うーん、例えばその花を一緒に摘みに行ったーとかなら思い出を残したいってのもあるけど……その思い出がない場合は、花言葉を贈りたいときとかにする気がする』
花言葉。見覚えがあると思えば、数期前のアニメで丁度この花を見た気がする。病気がちなヒロインがいるアニメだった。最終的に死んでしまうヒロインは、主人公に押し花にした花を渡して、その数日後に天国へと旅立ってしまう。
『言葉にするのはちょっと野暮なことって、あったりするじゃない?』
押し花のことを聞いたときに、彼女はちょっと照れくさそうに笑っていた。
『ちょっとまどろっこしいけど、なんかこう……感謝を伝えたりとか、でも照れくさくて出来ないときにする気がする。レヴィもない? そんなとき』
『ないね』
『だろうねー』
けらけらと笑う彼女の声が遠のく。アニメではどういう意図で使われてたっけ。彼女に聞いたけれど、しばらく昔のことだから忘れてしまった。けれど調べればすぐに出てくるだろう。
「……マモンなら値打ちのあるものなら売るだろ。だから適当に雑草でもくっつけたんじゃない?」
「はあ?! 売らねえし!」
だけど、マモンに教えてやる義理もない。大体借金も返さない愚兄のために何で僕が動かなきゃいけないんだ。
口角が上がっていたらしい、見上げればマモンは「おまえ何か知ってるだろ」と言葉を落とす。「しらなーい」とそっぽを向けば「おい! レヴィ!」と怒号が響く。
――言葉にするのはちょっと野暮なことって、あったりするじゃない?
彼女の声がリフレインする。そう、ここで調べて教えてやるのも、随分と野暮な話だろう。アニメに使われてるくらいなら有名な花なんだろうし。彼女だって詰問すれば答えるだろうし。
「借金返してくれるなら、調べてあげてもいいけど?」
挑戦的な笑みに、マモンの顔が引きつる。その悔しそうな表情が、随分と気分がいい。レヴィは優越感に浸りながら、彼女の贈ったカードを見つめた。青い花は少し不格好に、それでいてまっすぐ押し花にされていた。