DropFrame

魔界の海へ行くマモンと留学生ちゃん

 海岸には星が散っていた。街灯の光が遠いせいで、少し先の海岸線は闇にすっぽり包まれている。ただ海だけは夜空を素直に写し取り、漣の隙間に光を散らせていた。

「寒そう」
「お前なー。ここまで来てそれはねえだろ」

 砂浜。寄せては返す波の音。不揃いな足音はいつもよりも覚束なく、砂に足を取られる度、マモンは強く引っ張りあげてくれる。私も素直に彼の腕にしがみついて、一歩一歩海へと近付く。
 賑やかな海岸には親子連れやカップルや友達同士。たくさんの悪魔たちがいた。みんな笑顔で夜の海に浮かんでいる。月のぽっかり浮かぶ夜の遊泳はほんの少しだけ怖く、だけど楽しそうで。

「水着持ってこればよかったかな」
「はあ? 持ってきてねえの? 何しに来たんだよ」
「海を見に……」

 せっかくだからと波打ち際に向かえば、砕けた波がちろりと私の靴を舐めていく。夜闇を吸い、黒く尖る波。寄せる度に、潮の匂いが鼻をくすぐる。

「遊ばねえなら一周して帰ろうぜ」
「マモンは遊んできていいよ?」
「ばーか。目ェ離したら迷子になんだろうが」
「マモンが?」
「ちげえし」

 しゃくりしゃくりと音を立てる砂。マモンの腕を強く掴めば「こけんなよー」とマモンの声。砂浜に残る彼の足跡は随分と大きく、けれども踏む前に白波が全てかっさらっていく。

「歩くならもう少し海から離れねえ?」
「ううん。もうすこし、ここがいい」

 ふうん、と先を歩くマモンの靴跡に、今度こそと自分のそれを重ねる。「小せえの」と振り向き笑う彼。波が、重なった跡を消していく。

「成長期だから問題ないもの」

 滑らかな砂の上、ゆっくりと歩いていく。波がまた、私たちの足跡を消していく。漣の音と共に、何度も、何度も。