猫なで声にD.D.D.を取り上げれば、マモンは酷く驚いた顔で私を見上げた。電話口から聞こえるヒステリーな声が癪に触り、電源ボタンを長押しして、無理やり通話を切ってしまう。
「お、おい、おまえ」
狼狽える声なんて聞こえないふり。D.D.D.を放れば、それは綺麗な弧を描き、ベッドへと着地した。マモンがそれを追いかけようとするが、私は腕を掴んでそれを制する。瞳がそれから、私へと移る。
「お前、なん……」
「やだ」
眉間に寄る皺。怒気の孕んだ声にも負けず、私はマモンを睨みつけた。嫌だった、それは本当だ。でも我慢しようとした。私はたったの一年しか彼の隣にいられないから。にこにこして、悪い面なんて見せずに、この留学を終えようとしていた。
「やだ……」
しかしそれは全て過去の努力。もう限界だった。弱々しい声。視界が緩み、瞬きをすれば涙が一筋頬を伝った。
まるで水を打ったかのように静まり返る室内。どうやら電源は切れていなかったらしい。静寂を裂くように、ベッドからけたたましい着信音が鳴り響く。
いい子でいようとした、これでも頑張った方だ。
溢れる涙。止まない着信音。狼狽えたマモンが、ただただ私を見下ろしている。
着信音は鳴り止まない。すんと鼻を鳴らせばマモンの親指が塞き止めるように、私の頬に優しく触れた。見上げれば、狼狽える視線があると思った。しかし私の視界に映ったのは、酷く獰猛で、物欲しそうな炎を宿した――『強欲』の瞳が、そこにはあった。
頬を擦る親指の圧が痛い。顔が近付き、香水が強く香る。掴んでいた腕を離せば、身体ごと強引に引き寄せられた。貪るように唇を舐め取られて、力をなくした私の身体を彼は悠々と抱きとめる。
着信音は未だ鳴り止まない。息を吸おうとすればそれごと噛み付かれて、反抗したことをほんの少しだけ、後悔した。