「どうしたの?」
友人の声に私の思考が現実へと戻る。留学を終え、日常へと戻ってきたはいいけれど、たまに妙な違和感を覚えてしまう。今日は妙に首元が温い気がして、私はそっと指先で摩る。
喉でも痛めた? と友人。上手く返す言葉が見つからず、曖昧に笑いながら言葉を濁した。
『細いな』
微かに、懐かしい声が鼓膜を擦った。暖かいそれは圧を湛え、喉笛が苦しくなる。しかしそれも一瞬だ。直ぐに圧は消え、温もりも消える。熱が離れる瞬間、なぜだか胸が小さく軋む。見上げても何もいない。見慣れた教室の天井があるだけだ。
例えば私にソロモン並みの魔力があれば、それが見えたかもしれない。いやその位の魔力があればそもそも『彼』を召喚出来るはずだから、こんな事態にはならなかったのかもしれない。
たら、れば、ばかりが浮かぶ。誰もいないはずの天井。頭の中で、懐かしい輪郭を浮かべて、彼の名前を紡ぐ。
だけどそれは声にはならない。丁度締められた喉元でぴたりと止まってしまう。まるで紡がれることを怖がるように。
「……いたい、かも」
「保健室行く?」
「ううん、大丈夫」
声にすると、形にすると、全て自覚してしまいそうで怖い。影のようにぴたりと張り付く気配を感じながら、私は友人と喋りながら帰り支度を始める。
会いたいのかもしれない。マモンに。
伝えれば、連れていってくれるだろうか。今生の未練と恋慕がグシャグシャに混ざりあった感情を抱きながら、私は今日も死の淵を歩く。