決まって叩き起されるのは早朝だ。キッチンまでの通り道だからなのか知らないけれど、マモンが朝食当番の時は大抵寝ぼけたままキッチンへと連行される。冬の冷やされたキッチンは随分と寒くて、石畳の床もスリッパ越しに冷たさが滲んでくる。
近くの椅子に座って欠伸を漏らせば、寒い寒いと言いながらマモンが竈に火をつけた。ゆらりと揺れる炎は朝の冴えた空気を緩めていく。眠気に蹴飛ばされて欠伸をもうひとつ漏らせば、視界の隅でマモンが忙しなく台所を行き来し始めた。
「今日のご飯はなんですか」
机の上に積み上げられる材料。その向こうで「んなもんまだ決まってねえよ」とマモンの声がする。強欲の名を冠している彼らしく、朝食には彼の、その日の食べたいものが並ぶ。今日も統一性の欠けらも無い材料たちを両手に持ちながら、一つ一つ吟味して、マモンは下拵えを進めていく。賛否両論あるのだけれど、私はマモンの料理は好きだ。見た目通りの味がするから、食べて驚くことがほとんどない。
そうしてフライパンや鍋やらを準備する頃には、キッチンの空気は随分と暖まっていた。暖かければ、眠くなるのが人の性。机に両肘をついて、うつらうつら船を漕ぐ私の耳に、ざくりざくりと野菜の切る音が響く。水が沸騰する音。炒める音、忙しなく開閉する冷蔵。賑やかな音の隙間に、香しいにおいが混じっていく。こうなれば眠気より食欲が勝ち、空腹の胃が悲鳴をあげる。
「ほら、口開けろ」
「ん」
料理の手伝いをさせるわけでもなく、彼が毎回私を連れ出す理由がこれだ。
寝ぼけながら口を開ければ、大ぶりの何かが放り込まれた。塩気の足りないその味に「もうちょっと塩っぱくてもいいんじゃないかな」と言えば「そうかあ?」とマモンの声が返る。
「じゃあ次はこれな」
「生焼け……」
「このくらいが美味いんだよ」
別にマモンの料理が下手な訳では無いし、私が特別料理がうまい訳でもない。けれどもいつからかできたマモン専用の『味見係』は、もう随分と長いこと続いている。
寝ぼけた頭で欠伸をすれば、またなにかが放り込まれた。じゃりじゃりと音がするこれは貝だろうか。「ちゃんと砂抜きした?」と尋ねれば「こっちの方が食感良くねえ?」と彼。
味見係とは言え大抵私の意見は却下される。朝から叩き起されて釈然としないけれど、滅多に見れない料理するマモンが見れるのは、役得なのかもしれないな。