誘蛾灯のように灯るランプの下、僅かなスペースに三角座り。噎せ返るような紙の匂い。緩慢なペースで紙が擦れ合い、ぺらりと頁をめくる音が響く。
時計の音もしない。外はしんしんと雪が降っている。足先から侵食するように寒さが染み、しかし触れ合う肩だけが妙に熱い。
読書中だと彼は言った。どうしても続きが読みたいから構えないが、それでもいいかと。私は邪魔しないからと彼に伝え、ずっと隣でページが捲られる音を聞いている。
「どんな本を読んでるの?」
声を出せば、予想以上に響いたことに驚き、慌てて唇を結ぶ。サタンは嫌がるでもなくこちらに視線を投げて「気になるか?」と微笑んだ。黙って首を縦に振れば、やはり彼は笑って「そこまで静かにしなくていい」と親指の腹で私の口端に触れる。程よい力が、唇を押す。緩んだ隙間から「邪魔してない?」と私は声を漏らした。
「邪魔じゃない」
柔らかい声。指先が離れ、その指はまた本へと戻る。そうして読んでいたページに指先を挟んで、本を閉じてしまった。
表紙には箔押しされた知らない文字。厚い黒い表紙、丸く縁どられた可愛らしい女の子と高原のイラスト。
タイトルも作者も読めない文字だが、なぜだか私はこの本を知っている気がした。触れれば、ひんやりと冷たい。サタンは微笑みながら、私と本を見下ろしている。
「なんの本?」
瞬けば、彼は笑う。彼の大きな手が本に触れている指先を覆う。
「きみが以前好きだって言ってた本」
「私が?」
「ああ」
そういえばそんな話をした記憶もある。見ればなるほど、タイトルは読めないままだけれど、見覚えのある挿絵にひとつ記憶が思い当たった。これは、こちらへ来る前によく読んでいた本のひとつだ。
「翻訳されているものを見つけて」
サタンは微笑む。まるで慈しむように、目を細めて、私の手をゆっくりと握っていく。
「普段読まないジャンルだが、読んでいると近くに感じてな」
「近くに? なにを……?」
視線が交差する。明言をしないずるい彼は、微笑み、私の指先に自らのそれを絡める。
ページをめくる音は聞こえない。先程よりも近くなる距離。
目を瞑れば、唇に熱が灯った。瞼を開ける勇気を、今はまだ、持ち得ていない。