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夜中に秋刀魚を焼く留学生ちゃんとベールの話

 焦げ目のついた魚はふっくらと柔らかく、箸を当てれば裂けた腹から湯気と汁がじわりと染み出し、冷えた部屋の空気を僅かに温めた。時刻は午前二時。常闇の世界では朝も夜もないけれど、寝る前の食事が『悪いこと』であることは分かる。だけど腹が減っては戦も出来ぬ、だし、そもそも腹の音が気になって眠れない。それで魚を一尾焼いてしまう私も相当なものだけれど、その匂いを追ってやってきてしまうベールも相当なものである。
 当然、彼は魚一尾程度では物足りない。し、これを明け渡してしまえば私のお腹が満たされない。さくりさくりの皮目に箸をさせば、物欲しそうに生唾が音を立てる。「腹が減った」と、ベール。「あげないよ」と私が言えば「わかってる」と同時に彼の腹の音が悲鳴をあげた。聞こえないふりをして、魚を食む。油でぬめる口元。指先で拭えば、箸を持つより先に大きな手のひらが私を捕える。
 容赦なく指先に舌を這わせるベール。「冷たいな」と一言。冷えた指先に火が灯ったように、随分と熱い。

「……あげないよ?」
「わかってる」

 キスをするように唇で指を挟んだあと、彼は名残惜しそうに拘束を緩める。湯気の向こう、ギラギラと瞳が光っている。それは魚に向けてなのか、それとも……。